この判断で目を引くのは、参入の速さではなく間の取り方である。1984年に分離した時点の新会社は通信事業者ではなく、グループの情報処理を担う会社にすぎなかった。第一種電気通信事業の許可を取るのはその5年後で、制度が整い、社内に回線を売る体制ができるのを待ってから参入している。会社を先に作り、事業の中身を後から入れるという順序が、電気事業の外で稼ぐ足場を静かに用意したと思われる。
もう一つ、この事業が持ちこたえた理由として、四国という区域の外に出なかった点も見逃せない。全国の長距離網で競った新規参入者の多くが再編に巻き込まれたのに対し、STNetは電力の供給区域と重なる範囲で法人回線・インターネット・ケーブルテレビを集約し、地域の通信基盤という位置を占め続けた。電力自由化で本体の顧客が新電力へ流れた2010年代以降も、この事業の利益は伸び続けている。地域独占を失った会社が、別の形で地域に根を張り直した例として読めるところがある。