平井滋二
四国電力・元取締役社長
(敬称略) 生年月日 —
学歴 京都帝国大学工学部
出自 —
- 出自
- 1916年に愛媛県で生まれ、1941年3月に京都帝国大学工学部を卒業した。1947年5月に四国配電へ入社し、1961年に工学博士の学位を得ている。1966年7月に企画部長、1968年5月に取締役、1969年6月に常務取締役へ進み、1974年11月に取締役副社長となった。副社長では立地環境本部長を務め、発電所の立地を担当した。
- 抜擢
- 1980年6月、山口恒則氏の後任として取締役社長に就任した。山口氏は取締役会長へ退き、平井氏は副社長を5年半務めたのちの昇格である。工学部を出た社長は、1951年の発足時に東京高等工業学校電気科卒で初代を務めた宮川竹馬氏以来となり、中川以良氏から3代続いた法学・商学系からの交代にあたる。副社長時代の担当が立地環境本部で、伊方2号機の建設が進んでいた時期に社長へ上がった。
- 施策
- 就任後に原子力の2基目と揚水式水力が動いた。1982年3月に伊方発電所2号機(出力56.6万kW)、同年6月に本川発電所1号機(揚水式水力、出力30万kW)が営業運転を始めている。役員体制では、科学技術庁出身で原子力本部長を兼ねる田中好雄氏を取締役副社長に置いたまま、1981年6月に富田昌明氏を立地環境本部長として取締役副社長へ上げ、原子力と立地を副社長2人で分けた。原子力比率の引き上げは、この分担のもとで進んだとみられる。
- 評価
- 執筆予定
就任前(FY79)2,475億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料
- 日本企業要覧 1975年版 経歴・学歴・出身地・生年・出自
- 日本企業要覧 1980年版 経歴・学歴・出身地・生年
- 日本企業要覧 1981年版 経歴