中川以良

四国電力・元取締役社長

(敬称略)

Nakagawa Mochinaga(1900年生まれ)

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生年月日 1900年1月1日
出自
出自
1900年に山口県で生まれ、1923年に東京農業大学を卒業した。1925年に朝鮮皮革へ入り、1939年に朝鮮タンニン工業、1940年に朝鮮皮革の取締役社長を務めている。1947年に参議院議員となり、1955年には自由民主党総務に就いた。電気事業の経験を持たないまま1956年に四国電力の常務取締役として入り、1957年に取締役副社長へ進んだ。
抜擢
1960年、初代社長の宮川竹馬氏の後任として取締役社長に就任した。副社長からの昇格で、四国電力へ移って4年目にあたる。同じ時期の取締役副社長渡部兼雄氏が京都帝国大学工学部から東信電気・日本発送電を経た技術者であるのに対し、中川氏は電気事業の外から来た。参議院議員と自由民主党総務で得た人脈を、供給区域が9電力で最も小さい四国電力に持ち込む人事だったとみられる。
施策
在任中は火力電源の整備が進み、1963年7月に阿南発電所、1965年11月に西条発電所が営業運転を始めた。1951年の発足時の電源は水力が中心で渇水期の供給不安を抱えており、阿南1号機が最初の重油火力にあたる。1961年12月には四国企業を設立している。社長のまま生産性四国地方本部会長・四国地方開発審議会会長・四国経済連合会会長を兼ね、四国の経済団体の代表を担った。
評価
執筆予定
就任前(FY59)145億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料

  • 日本企業要覧 1962年版 経歴・学歴・出身地・生年・出自
  • 日本企業要覧 1964年版 経歴・学歴・出身地・生年・出自
  • 日本企業要覧 1968年版 経歴

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