オフハイウェイタイヤ(OHT)事業への連続M&Aによる事業構成の転換

景気変動を受けやすい乗用車用タイヤに依存した収益構造を、10年がかりの「プログラマティックM&A」でどう組み替えたか

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時期 2016年3月
意思決定者 野地彦旬・南雲忠信山石昌孝・清宮眞二 横浜ゴム 代表取締役社長(2016年、ATG買収を決定)・横浜ゴム 代表取締役会長(ATG買収の戦略的な狙いを主導)・横浜ゴム 代表取締役社長→代表取締役会長兼CEO(YX2023・YX2026を策定、TWS買収を主導)・横浜ゴム 代表取締役社長兼COO(グッドイヤーOTR事業買収の完了時の社長)
論点 OHT(オフハイウェイタイヤ)事業への連続M&Aによる事業構成の転換
概要
2016年3月に発表したATG(Alliance Tire Group)買収を皮切りに、横浜ゴムは2022年合意・2023年完了のトレルボルグ・ホイールシステムズ(TWS)買収、2024年契約・2025年完了のグッドイヤー社OTR事業買収と、オフハイウェイタイヤ(OHT)領域で連続M&Aを重ねた経営判断。中期経営計画「YX2023」「YX2026」はこの手法を「プログラマティックM&A」と呼び、成長戦略の柱に据えた。
背景
乗用車用タイヤ(タイヤ消費財)は景気変動や新興国メーカーとの価格競争を受けやすく、2015年12月期の営業利益は前期比7.7%減の545億円にとどまった。生産財タイヤもトラック・バス用に偏り、農機・建機向けのOHTはほとんど手つかずという弱さを抱えていた。
内容
2016年のATG買収(約1,356億円)に着手し、2022年合意・2023年完了のTWS買収(企業価値約2,652億円)、2024年契約・2025年完了のグッドイヤーOTR事業買収(約1,294億円)と段階的にOHT領域を拡充した。この過程で、タイヤ消費財と生産財の売上構成比を3対2から1対1へ組み替える方針を明確にした。
含意
3件の買収を経て、2024年12月期に売上収益が創業以来初めて1兆円を超え、2025年12月期も5期連続の増収増益で過去最高を更新した。景気変動に強いOHT事業を積み増す一方、買収を重ねる経営には財務負担や事業統合という裏返しの課題も残る。
筆者の見解

連続M&Aという経営手法をどう見るか

この判断の中心にあるのは、景気変動を受けやすい乗用車用タイヤに偏った収益構造を、10年という時間をかけて組み替えたことである。2016年のATG買収は、投資ファンドから農機用タイヤ会社を1,300億円台で取得するという、当時の横浜ゴムにとって規模の大きな賭けであった。それでも結果からみれば、農機・建機向けタイヤの高い収益性は利益率を押し上げ、その後のTWS・グッドイヤーOTRという二段構えの買収へつながる橋渡しになったとみることができる。

一方で、3件の買収を通算した取得総額は約5,300億円に達し、借入金やのれんとして計上される無形資産も相応に積み上がっている。景気耐性の高いOHT事業を積み増す発想そのものは筋が通っているとしても、買収を重ね続ける経営をどこまで維持できるか、また主力であり続ける乗用車用タイヤ事業とどう両立させるかは、なお開かれた問いのままである。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

乗用車用タイヤ依存という課題

横浜ゴムの収益の柱は乗用車用タイヤ、いわゆるタイヤ消費財であった。この分野は景気変動の影響を受けやすいうえ、中国・韓国メーカーの安値攻勢によって価格競争が厳しさを増していた。2015年12月期は連結売上高6,298億円に対し、営業利益は前期比7.7%減の545億円にとどまり、北米のSUV需要を追い風に33%の増益を確保した業界4位・東洋ゴム工業とは対照的な結果であった[1]

生産財タイヤの大半もトラック・バス用に偏り、農業機械や建設機械向けのオフハイウェイタイヤ(OHT)はほとんど手つかずのままであった。当時代表取締役会長であった南雲忠信氏は、リーマン・ショック後も農業用タイヤの需要が前年を割り込まなかった経験を踏まえ、景気変動を受けにくい事業を取り込む必要を語っていた[2]

農機用タイヤ市場という選択肢

農業機械向けタイヤの市場は、世界的な人口増加による食料需要の拡大を追い風に、乗用車向けより安定した販売が見込める分野とされていた。収益性の面でも開きは大きく、横浜ゴムの乗用車用タイヤの営業利益率は8.7%にとどまっていたのに対し、この市場に強い蘭アライアンス・タイヤ・グループ(ATG)は18%に達していた[3][4]

横浜ゴムが着目したATGは、農業機械用・産業機械用・建設機械用・林業機械用タイヤの製造・販売を担う子会社を傘下に置くオランダの持株会社で、インドに2工場、イスラエルに1工場を持っていた。欧米市場に強い地盤を持つ年商600億円規模の中堅メーカーであり、横浜ゴムが手薄だった農機・林業用タイヤの分野で確立した地位を持つ点が際立っていた[5][6]

決断

ATG買収という第一手

横浜ゴムは2016年3月25日、農機や建機向けタイヤを手がける蘭アライアンス・タイヤ・グループ(ATG)の買収を発表した。買収額は11億7,900万ドル、円換算で約1,356億円であった。株式の売り手は投資ファンドのコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)などで、同年7月1日付で全株式の取得が完了した[7][8]

この決断を主導したのは、当時の代表取締役社長・野地彦旬氏であった。野地氏は2017年1月末の人事発表まで社長の任にあり、南雲忠信氏は代表取締役会長として経営に残っていた。ATGの買収はこの体制のもとで実行され、後年のTWS・グッドイヤーOTR買収へと続く一連の判断の最初の案件であった[9]

中期経営計画による方針の明文化とTWS買収

2021年2月19日、代表取締役社長に就いていた山石昌孝氏の下で、横浜ゴムは新たな中期経営計画「Yokohama Transformation 2023」(YX2023)を策定した。同計画はOHT事業を「さらなる成長ドライバー」に据え、2023年度に売上収益7,000億円・事業利益700億円という目標を掲げた[10][11]

2022年3月25日、横浜ゴムはスウェーデンのトレルボルグ・ホイールシステムズ・ホールディングAB(TWS)の全株式を、親会社のトレルボルグABとの合意により取得すると発表した。企業価値は20億40百万ユーロ、円換算で約2,652億円で、業績連動型のアーンアウト方式を採用した。株式取得は2023年5月2日に完了し、横浜ゴムはOHT事業について「タイヤ生産財の中でも安定的に高い収益を確保できる事業」と説明した[12][13]

結果

グッドイヤーOTR買収という総仕上げ

2024年2月16日、横浜ゴムは新たな中期経営計画「Yokohama Transformation 2026」(YX2026)を策定した。同計画はYX2023から続く「深化」と「探索」をさらに推し進め、次世代に負の遺産を残さないという意志のもとで変革の「総仕上げ」を掲げた。2026年度の経営目標には、売上収益1兆1,500億円・事業利益1,300億円を据えた[14][15]

2024年7月22日、横浜ゴムは米グッドイヤー社の鉱山・建設用車両向けタイヤ(OTR)事業を、9億500万ドル・約1,294億円で買収する契約を締結したと発表した。OHT市場は規模約4兆円・成長率年6%と、消費財タイヤ市場の年2%を上回る成長が見込まれ、横浜ゴムはこの買収をYX2026が掲げる成長戦略「Programmatic M&A」の一環に据えた。同社グループは市場の約4割を占める農業・林業用機械向けタイヤで、すでに有利な立場にあった[16][17]

資金調達と業績への反映

2025年1月31日、横浜ゴムはグッドイヤー社OTR事業の買収資金に充てるため、1,406億円を借り入れると発表した。借入金はつなぎ資金であり、返済期日までに長期固定・低金利の融資へ借り換える計画であった。買収そのものは2025年2月4日(日本時間、米国時間は2月3日)に完了し、連結決算への業績反映は同年第1四半期から始まった[18][19]

3件の買収を重ねる過程で、横浜ゴムの業績は連続して過去最高を更新した。2023年12月期は売上収益9,853億円(前期比14.5%増)、営業利益1,004億円(同45.8%増)を記録し、2024年12月期には売上収益が創業以来初めて1兆円を超える1兆947億円(同11.1%増)に達した。2025年12月期も売上収益1兆2,350億円(同12.8%増)、事業利益1,666億円(同24.0%増)となり、5期連続の増収増益で最高益を更新した[20][21][22]

出典・参考