HOYAからのペンタックス買収と、祖業カメラ事業の立て直し
事務機に依存する事業構成のなかで、近藤史朗社長は祖業のカメラをどう補強しようとしたか
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- 概要
- 2011年7月1日、リコーはHOYAが「ペンタックス」ブランドで展開するデジタルカメラ事業を買収すると発表した。HOYAが同事業を切り出して設立する新会社を10月1日付で完全子会社化する内容で、近藤史朗社長が主導した。ペンタックスブランドは維持する方針であった。
- 背景
- リコーは事務機など法人向け事業が2兆円近い売上高の大半を占め、消費者向け事業の確立が課題となっていた。デジタルカメラは1936年からの祖業の一つでありながら売上高は200億円弱にとどまり、赤字が続いていた。一眼レフを手掛けていないなど品ぞろえの少なさが弱点であった。
- 内容
- HOYAはデジカメ事業を切り離して新会社を設立し、リコーが10月1日をめどに完全子会社化する。買収額は未公表であった。ペンタックスを取り込めば一眼レフからミラーレス、コンパクトまでラインナップがそろい、新興国を軸に拡販して3年後にデジカメ事業の売上高を両社合算の2倍にあたる1000億円へ引き上げる算段であった。
- 含意
- 業界12位のリコーと11位のペンタックスの組み合わせは、販売台数では最後尾集団のままであった。それでも赤字の下位メーカー同士による再編は業界に波紋を広げ、デジカメ再編の号砲とみられた。祖業への回帰と消費者事業確立という二つの狙いが重なる判断であった。
小さな祖業を抱え直すという選択
この買収は、金額の規模でみれば大型案件ではなかった。業界12位と11位という下位メーカー同士の組み合わせで、合算しても年間販売台数は200万台程度にとどまり、最後尾集団という位置づけは変わらなかった。それでもリコーがこの判断に踏み切ったのは、カメラが1936年からの祖業であり、消費者向け事業を確立するうえで手放せない事業という認識があったためとみられる。効率だけで測れば撤退や縮小もあり得た小さな事業を、あえて外部から補って抱え直した点に、この決断の性格がうかがえる。
もっとも、デジタル一眼やコンパクトの市場はその後、スマートフォンの普及によって急速に縮小へ向かった。近藤社長が描いた3年後1000億円という成長シナリオが、当初の想定どおり実現したとは言いにくい環境変化が続いた。それでもリコーは社名変更を経てカメラ事業を手元に残し、祖業の灯を消さずに保った。市場の逆風のなかで小さな祖業をどう位置づけ続けるかという問いは、この買収の先へ長く尾を引いているとみることができる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
法人向けに偏った事業構成と、手薄な祖業カメラ
リコーは複写機を中心とする事務機など法人向け事業が売上高の大半を占め、消費者向け事業の確立が長年の課題となっていた。デジタルカメラは1936年の創業以来の祖業の一つでありながら、売上高は200億円弱にとどまり赤字が続いていた。製品評価は高かったものの、需要が拡大していた一眼レフを手掛けていないなど品ぞろえの少なさが弱点で、社内には撤退はないという共通認識がありながら、単独では消費者市場での存在感を高めにくい状況であった[1]。
買収を発表した2011年当時、リコーの連結業績は2011年3月期で売上高1兆9,413億円、営業利益602億円、当期純利益186億円であった。事務機を軸に約2兆円の売上を上げる一方で、リーマン・ショック後の落ち込みから利益水準はなお回復途上にあった。この事業規模のなかで、200億円弱という小さな祖業カメラをどう成長軌道に乗せるかが、消費者事業を厚くするうえでの焦点になっていた[2]。
売り手HOYAの事情と、難航した売却先探し
売り手であるHOYAがペンタックスを買収したのは2007年で、主目的は内視鏡など医療事業の獲得にあった。デジタルカメラ事業は赤字が続いて本体の業績を圧迫しており、HOYAは早い段階から売却先を模索していた。医療機器などへ経営資源を集中させたいHOYAにとって、収益性の低いデジカメ事業の切り離しは既定路線であった[3]。
売却交渉は容易ではなかった。HOYAは2009年に韓国サムスン電子へ打診し、当初500億円とされた提示額を200億円まで引き下げたものの折り合わず、2010年秋には台湾の受託製造企業とも接触があったとみられる。しかし海外勢はしだいに興味を示さなくなり、最終的に資金力の豊富なリコーが売却先として本命視される展開になった[4]。
決断
新会社の完全子会社化という買収スキーム
2011年7月1日、リコーはHOYAがペンタックスブランドで展開するデジタルカメラ事業を買収すると発表した。HOYAがデジカメ事業を切り離して設立する新会社を、10月1日をめどに完全子会社化する枠組みで、買収額は未公表であった。買収対象にはデジタルカメラ、交換レンズ、双眼鏡、セキュリティカメラ用レンズなど光学製品の開発・製造・販売が含まれ、リコーはペンタックスブランドを維持する方針を示した[5]。
リコーがこの決断に踏み切った背景には、ラインナップ補完の効果があった。ペンタックスを取り込めば一眼レフからミラーレス、コンパクトまで品ぞろえがそろい、弱点であった一眼レフの空白を一気に埋められる。ペンタックスが合理化の徹底によって2010年度に黒字を確保していたことも、赤字事業を抱え込むという懸念を和らげ、リコーの決断を後押しした[6]。
近藤社長が描いた成長シナリオ
近藤史朗社長は、買収後の成長シナリオとして新興国での拡販を軸に据えた。今後は新興国を中心にペンタックス製品を拡販し、3年後にデジカメ事業の売上高を両社合算の約2倍にあたる1000億円まで引き上げる算段であった。事務機で培った海外の販売網を生かし、小さな祖業を消費者事業の柱の一つへ育てる青写真がそこにあった[7]。
買収は突然の話ではなかった。近藤社長がHOYAの鈴木洋CEOと面会したのは発表の2年前で、その席でペンタックスが同夏に発売を予定していたミラーレスデジカメの企画を聞かされていた。初交渉の相手に新製品開発の計画を披露するのは異例で、HOYA側が資金力の豊富なリコーを売却先として本命視していたことをうかがわせる会合であった。両社の交渉はこの時点から静かに進んでいたとみられる[8]。
結果
新会社の発足と、ブランド統合への移行
買収は予定どおり進み、2011年10月1日、リコーは完全子会社としてペンタックスリコーイメージング株式会社を発足させた。従業員は子会社を含め約1,900名で、デジタルカメラや双眼鏡、セキュリティカメラ用レンズなど光学機器の製造販売を担う体制が整った。ペンタックスとリコーの二つのカメラブランドが、同じ資本のもとで並走する形になった[9]。
発足から2年後、リコーはブランド統合に踏み込んだ。2013年7月、ペンタックスリコーイメージングは同年8月1日付で社名をリコーイメージング株式会社へ変更すると発表した。カメラ事業の再編が一定の区切りを迎え、リコーグループの一員であることをより明確にする狙いであった。社名からペンタックスの名は外れたものの、PENTAX、RICOHの両ブランドは製品ブランドとして継続された[10]。
- 週刊東洋経済 2011年7月12日号「NEWS TOP4 精密機器 ペンタックス身売りで終わらない“再編ドミノ”」
- リコー ニュースリリース 2011年10月1日「ペンタックスリコーイメージング株式会社を発足」
- 日本経済新聞 2011年7月1日「リコー、HOYAから「ペンタックス」買収 デジカメ強化」
- 日本経済新聞 2013年7月2日「ペンタックスリコーイメージング、社名変更を正式発表」
- リコー 有価証券報告書(2011年3月期)