中期経営計画2028「Go Beyond」策定と海外M&A・電池材料への攻めの投資転換

2026年進行中

財務基盤を固めた鉄鋼商社は、守りから攻めへどこまで踏み込めるか——海外M&Aと電池材料に賭けた3年計画

更新:

時期 2026年5月
意思決定者 中川洋一 社長
論点 資本配分の転換と海外M&A戦略の本格導入
概要
阪和興業は2026年5月、2026〜2028年度を対象とする中期経営計画2028「Go Beyond~殻を打ち破れ~」を公表した。前中計で固めた財務基盤を土台に、海外M&A戦略を本格導入し、電池材料事業を含む次世代成長領域へ資源を投じる「攻め」への転換であり、公表からおよそ7週間後には米国の鉄鋼構造物メーカーの持分取得を発表し、同社にとって過去最大の買収となった。本稿の時点で計画は進行中である。
背景
2022年4月に就任した中川洋一社長は「3階建て経営」を掲げ、前任の古川弘成氏が築いた「そ・こ・か」戦略とM&A+Aによる子会社網、そして2017年のメキシコ・リチウム原料参入や2018年出資のインドネシアQMB(2022年8月稼働)といった電池材料への布石を引き継いだ。
内容
前中計「中期経営計画2025」の総括では経常利益・鉄鋼取扱重量が目標未達に終わった一方、ROE・信用格付け・株主還元は目標を上回った。この結果を踏まえた中計2028は、最終年度の経常利益750億円・3年累計の投融資枠1,600億円を掲げ、海外売上高比率を38%から将来的に50%へ引き上げる目標のもとで海外M&A戦略を本格導入し、電池原料・蓄電池・再生可能エネルギー事業を次世代成長領域に位置づけた。
含意
公表から約7週間後の2026年6月、阪和興業は日本政策投資銀行と共同で米国Associated Steel Group(ASG)の持分取得を発表し、同社にとって過去最大の買収に踏み切った。海外M&Aと電池材料という不確実性の高い領域への攻勢が3年でどこまで実を結ぶかは、本稿の時点でなお見通せない。
筆者の見解

攻めに転じた3年計画の賭け

この中計が問うているのは、財務基盤を固めた独立系商社が、守りから攻めへどこまで踏み込めるかという一点である。中期経営計画2025で積み上げたROE・格付け・DOEの改善は攻勢の原資であり、Go Beyondはその原資を海外M&Aと電池材料という不確実性の高い領域に投じる賭けであった。ASG買収が過去最大の規模になったこと自体、中川体制がこの賭けに本気で臨んでいることを示しているとみることができる。

一方で、電池材料事業はEV普及ペースの減速という逆風のなかにあり、前中計の鉄鋼取扱重量が未達に終わった事実は、市況を読み切れない商社業の限界もうかがわせる。海外売上高比率を50%まで引き上げるという目標が、3年でどこまで実現に近づくのか。ASGの買収が単発の一手にとどまるのか、それとも欧米戦略を牽引する一連のM&Aの号砲となるのか。本稿の時点では、その答えは出ていない。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

中川洋一体制と「3階建て経営」の助走

2022年4月、古川弘成氏から社長を引き継いだ中川洋一氏は、創業75周年の節目に「3階建て経営」という新方針を打ち出した。1階に経営基盤の強化、2階に事業戦略の発展、3階に投資の収益化を積み上げる構想であり、22年度の経常利益目標を300億円、2030年度には500億円と格付A格の取得を掲げた。1986年に入社し中央大学経済学部出身の生え抜きである中川氏にとって、これは前任者から続く成長路線を数値目標として明文化する作業であった[1]

中川氏が引き継いだのは、前任の古川弘成氏が10年余りかけて築いた危機感の経営でもあった。古川氏は独立系商社の立場を「『阪和興業はいらない』と言われれば、すぐに変えられてしまう」という危機感として語り、即納・小口・加工を軸とする「そ・こ・か」戦略と、株式取得と業務提携を組み合わせる「M&A+A」によって、新規取引先6,000社超・子会社88社の網を築いていた。中川体制は、この基盤の上に次の一手を組み立てる必要に迫られていた[2][3]

電池材料事業への布石(2017〜2022年)

阪和興業は鉄鋼一辺倒からの分散を、電池材料という新しい資源カテゴリーで進めていた。2017年4月、ロンドン・カナダ上場のBacanora Mineralsへ出資し、メキシコ・ソノラ州で開発中のリチウムイオン電池向け炭酸リチウム製造プロジェクト「Sonora Lithium Project」に参画した。同社は2018年、インドネシア・スラウェシ島でニッケル・コバルト化合物を鉱石から一貫製造するPT. QMB NEW ENERGY MATERIALSへの出資も決めた。いずれも、EV普及に伴う電池材料の争奪が本格化する前段階での資源の囲い込みであった[4]

2021年4月には社内に「電池チーム」を新設し、正極材となるニッケル・コバルト・リチウムに加え、負極材用のグラファイトなど重要鉱物資源の取扱いも広げた。2022年8月、QMBはインドネシアで稼働を開始し、投資額はドル建てで約998百万ドルに達していた。生産能力は年間ニッケル純分5万トン・コバルト純分4千トン・マンガン純分6千トン相当に及び、電池材料の上流から下流までを商社が押さえる体制が形を成した[5]

決断

中期経営計画2025の総括と「攻めに転じる」課題認識

2023年5月に始動した前中計「中期経営計画2025」("いまを超える未知への飛翔")は、3年間で明暗が分かれた。経常利益は最終年度目標700億円に対し実績522億円、グローバル鉄鋼取扱重量も目標1,700万トンに対し1,433万トンにとどまり、海外市況の長期低迷とEV普及ペースの減速が響いた。一方、資本効率と財務健全性は目標を上回った。期間平均ROEは12.8%(目標12.0%)、Net DERは最終年度0.6倍(目標1.0倍以下)まで下がり、信用格付けはR&I・JCRともにA⁻からAへ格上げされた。株主還元でもDOEは実績3.4%と下限2.5%を上回り、2016年度以来となる自己株式取得を120億円実施した[6]

この総括を踏まえて経営陣が掲げた課題は、資本配分・ポートフォリオマネジメントの高度化、グループ会社数の増加を踏まえた事業の最適化、そして資本市場からの評価の向上であった。株主資本コストを8〜9%と自己認識する一方、期末時価総額は2025年度に3,020億円まで伸びたもののPBRは0.70倍にとどまり、ROEが株主資本コストを上回りながらもPERの低さが企業価値評価の重石になっているとの分析を示した。「強化した財務基盤・リスク管理体制を土台に攻めに転じる」という基本方針は、この現状認識から導かれた[7]

海外M&A本格導入と電池材料を含む次世代成長領域

2026年5月12日、阪和興業は2026〜2028年度を対象とする「中期経営計画2028『Go Beyond~殻を打ち破れ~』」を公表した。数値目標は中計最終年度の経常利益750億円、ROE12.0%以上、投融資枠は3年累計で前中計から倍増の1,600億円、株主還元はDOE下限を3.5%に引き上げ総還元性向40%程度を新たに導入した。ビジョンには「グローバルに事業と人材を最適配置し持続可能な社会を支えるサプライチェーン創造型商社へ」を掲げ、トレーディングにとどまらず事業投資・事業経営を通じてサプライチェーンそのものを設計・高度化するとした[8][9]

柱となったのが、海外M&A戦略の本格導入である。2026年3月期の売上高に占める海外比率は38%(アジア31%・その他7%)にとどまっており、これを将来的に国内50%・海外50%へ引き上げる目標を掲げ、これまで手薄だった欧米市場向けに新たに欧米戦略担当役員を配置した。事業ポートフォリオの「次世代成長領域」には、電池原料・蓄電池・電気事業と再生可能エネルギー事業、欧州・米州戦略を並べ、電池原料から蓄電・電力までを横断的に支える持続可能なエネルギー供給への貢献を掲げた[10][11]

結果

発表から7週間、過去最大の買収で「攻め」を実装

中計公表からおよそ7週間後の2026年6月29日、阪和興業は米国中部時間で持分譲渡契約を締結したと発表した。対象は米国オクラホマ州とミシシッピ州を拠点に、鉄骨部品を工場で設計・加工し現場で組み立てるPEMB建築システムを手掛けるAssociated Steel Group(ASG)である。日本政策投資銀行(DBJ)との共同投資により、北米子会社HANWA AMERICAN CORP.を通じて持分の過半を取得する枠組みで、取得価額は持分100%ベースで347百万米ドル(約560億円)とされ、同社にとって過去最大の買収となった[12][13]

この案件は「Go Beyond」で掲げた海外M&A戦略の最初の実装であった。適時開示はASGを通じて北米鉄鋼メーカーを含む川上から川下までのサプライチェーンを構築・強靭化する狙いを説明した。取得の実行には米国競争法当局のクリアランス取得が条件となっており、本稿の時点(2026年7月)で正式なクロージングには至っていない[14]

出典・参考