村田製作所ソニーからのリチウムイオン二次電池事業の譲受と、8年続いた構造改革

MLCCで稼ぐ会社に第2の柱は買えるか——175億円で引き受けた事業が黒字に届くまで

時期 2016年10月
意思決定者(推定) 村田恒夫 村田製作所 会長兼社長
論点 事業ポートフォリオの拡張
概要
2016年10月31日、村田製作所がソニーのリチウムイオン二次電池事業を約175億円で譲り受ける契約を結び、2017年9月1日に完了した経営判断。ソニーグループの対象事業に従事する約8,500名を引き受け、全額出資子会社の東北村田製作所が事業を継承した。
背景
売上は移動体通信向けが4割、パソコン向けが2割と情報機器に偏り、主力のセラミックコンデンサーは台湾企業などの台頭で単価が年々10%程度下がっていた。村田製作所は2006年から電池セルの開発に着手し、次世代エネルギーを成長分野に定めていた。
内容
譲受の対象はソニーエナジー・デバイスの電池事業と中国・シンガポールの製造拠点、国内外の販売・研究開発拠点で、一般消費者向けのUSBポータブル電源やアルカリ乾電池は除いた。当初は2017年4月上旬の完了を目途としたが、中国当局の審査で9月まで遅れた。
含意
収益化は長引き、2024年3月期に電池事業で減損495億円、2025年3月期に構造改革費用145億円を計上した。2025年度に通期黒字化を計画する一方、安定して稼いでいたマイクロ一次電池事業は80億円でマクセルへ譲渡した。
筆者の見解

工場と人を引き受けるという買い方

175億円で引き受けたのは技術や設計ではなく、稼働している工場と約8,500人の従業員であった。原料の調合から生産設備まで自分で作ってきた会社が、他社が育てた現場をまるごと抱えて、そこから収益を立て直す作業に入った。2024年3月期の減損495億円と2025年3月期の構造改革費用145億円は、その立て直しに要した代金として読める。契約時に掲げた「電池事業の競争力を高め、持続的に成長させていく」という狙いに手が届くまで、8年を費やしたことになる。

ただ、この8年を空費と呼ぶのは早い。売上高100億円規模で営業利益率10%程度と安定していたマイクロ一次電池を80億円で手放し、二次電池の側に資源を絞った動きは、事業を畳んだのではなく形を組み替えたということでもある。2010年に村田恒夫氏が語った「セットメーカーと電池メーカーのパートナー関係図が完成されているようで、そうではない」という読みが当たっていたかどうかは、15年を経てもまだ決まっていない。買った事業を柱に育てられたかどうかは、2027年度を終点とする次の計画の締めまで答えが出ないとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

情報機器に偏った売上と、単価の下落

2010年の村田製作所は、売上の構成に偏りを抱えていた。移動体通信向けが4割、パソコン向けが2割で、情報機器が大半を占めていた。主力のセラミックコンデンサーは台湾企業などの台頭で競争が激しくなり、単価は年々10%程度下がっていた。技術・事業開発本部の家木英治取締役は「今の製品にとどまっていてはいけない」と危機感を語り、成長が見込まれる分野として次世代エネルギーに照準を定めた[1]

電池そのものは自前で開発していた。着手は2006年で、電池開発ベンチャーのエナックスと組み、セラミックコンデンサーの積層技術を応用した積層タイプのリチウムイオン電池を手がけた。村田恒夫社長は、参入企業の多さについて「セットメーカーと電池メーカーのパートナー関係が完成されているようで、そうではないのではないか」と述べ、勢力図が変わる余地を見ていた。ただ国内だけで10社以上が群がる領域で、村田は後発であった[2][3]

本業が絶好調のなかで、ソニーが手放す

買収を決めた時期、本業は絶好調であった。2017年度の連結売上高1兆3,718億円のうち自動車向けは14.6%を占め、村田恒夫会長兼社長は自動車のティア1から「足りない」と言われる状況だと語っている。リーマンショック後から毎年10%の数量を伸ばし、MLCCを月に1,000億個作る規模に達していた。「1年間に工場を1つ造り、1,000人近い従業員を増やす力がある」というのが当人の説明であった[4]

一方のソニーは、1990年代にリチウムイオン二次電池を世界で初めて実用化した会社でありながら、この事業を手放す側に回った。2016年10月31日、両社は譲渡の契約を結ぶ。譲受価額は約175億円で、村田製作所は狙いを、双方のポートフォリオ戦略上の観点に加え、電池事業の競争力を高めて持続的に成長させることだと説明した。育てた側が畳み、部品専業の側が引き受ける取引であった[5][6]

決断

175億円で8,500人と工場を引き受ける

譲受の対象は、ソニーエナジー・デバイスの電池事業と、中国およびシンガポールの製造拠点、国内外の販売・研究開発拠点であった。ソニーグループでこの事業に従事する約8,500名を、村田製作所グループが雇用する予定とされた。USBポータブル電源やアルカリ乾電池といった一般消費者向けの販売事業は対象から外している。技術ではなく、稼働している工場と人をまとめて引き受ける取引であった[7]

完了までには想定より時間がかかった。当初は2017年4月上旬を目途としていたが、中国当局の審査の影響で遅れ、実際の完了は9月1日となる。事業は村田製作所が全額出資で設立した東北村田製作所(福島県郡山市)が継承した。2017年9月、有価証券報告書の沿革にはソニーおよびそのグループ会社の電池事業を譲り受けたと記された[8][9]

自前の積層電池ではなく、他社が育てた事業を

村田製作所が2006年から手がけていたのは、セラミックコンデンサーの積層技術を応用し、電極材を10層以上重ねる積層タイプの電池であった。当時普及していたのは電極を巻く円筒タイプで、村田の積層タイプは急速充電や高出力を持ち味に、電動バイクやハンディターミナルへの搭載を狙っていた。自社の技術の延長を伸ばす道は、量産の規模に届くまで時間を要していた[10]

買収による事業獲得は、この時期の村田製作所にとって珍しい手ではなかった。2012年1月にフィンランドのVTI Technologiesを約200億円で買収してMEMS慣性力センサへ参入し、同年3月にルネサスエレクトロニクスのパワーアンプ事業を譲り受け、2014年12月に米pSemi、2016年10月にフランスのMurata Integrated Passive Solutionsを買収している。電池はその連なりの上に置かれた[11]

結果

減損495億円と、構造改革費用145億円

収益化には時間がかかった。2024年3月期には電池事業の減損として495億円を計上し、2025年3月期には追加の構造改革費用を通期で145億円計上している。南出雅範氏の説明によれば、この145億円を除いても電池事業は約70億円の赤字であった。譲受から7年を過ぎても、事業は損失を出しながら形を整える段階にあった[12]

電池の不振は、事業セグメント全体の数字にも表れた。2025年3月期のデバイス・モジュール事業は、構造改革費用、リチウムイオン二次電池の在庫調整に伴う操業度の低下、表面波フィルタの収益性の悪化が重なり、営業利益率1.4%にとどまった。中期経営計画MTD2024は経済価値目標が未達で終わり、中島規巨社長は第2層の事業の大きな減少を最大の課題に挙げている[13]

黒字化の計画と、稼ぐ事業の切り出し

2025年度は電池事業の通期黒字を計画に置いた。南出氏は70億円強の改善を見込むと述べ、中島社長は電池の黒字化を2025年度内に達成することを自らの約束として挙げている。2026年2月の決算説明会では、電池事業と電源事業が2025年に順調に伸ばせたとして、2026年と2027年の成長へ向けた準備に触れた[14][15]

立て直しと並行して、切り出しも進んだ。2025年6月16日、村田製作所と東北村田製作所が営むマイクロ一次電池事業を、80億円でマクセルへ譲渡する契約を締結する。対象はコイン形二酸化マンガンリチウム電池、酸化銀電池、アルカリボタン電池の設計・製造で、直近は売上高100億円規模、営業利益率10%程度で安定して推移していた事業であった。譲渡は2026年3月期中に実行し、50億円の譲渡益が生じる見込みとされた[16][17]

出典・参考

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