エディオン事業会社を東西2社へ集約後に持株会社が吸収合併、純粋持株会社体制から単一運営体制への移行

地方の雄が対等に寄り合う連邦制を、なぜ一つの会社へ畳んだか

時期 2009年10月
意思決定者(推定) 久保允誉 社長
論点 経営体制とコスト構造
概要
2002年の設立以来、店舗運営や販促、物流を事業会社ごとに分ける連邦制を敷いてきたエディオンは、2009年10月にデオデオとミドリ電化をエディオンWEST、エイデンをエディオンEASTへ束ね、2010年10月には持株会社がこの東西2社を吸収合併して、純粋持株会社から店舗を営む単一運営体制へと移った。久保允誉社長のもとで進めた再編であった。
背景
地方の有力店が対等に寄り合う連邦制は、他社をグループへ招き入れる際の売りであった一方、人事や総務など間接部門を各社が抱えたままで費用がかさんだ。2006年3月期の売上高販管費比率は21%と首位ヤマダ電機の18.3%を上回り、家電量販店の収益力を示す経常利益率は2.9%にとどまっていた。
内容
デオデオにミドリ電化を吸収させて西日本の事業会社エディオンWEST、エイデンを東日本のエディオンEASTへと東西2社に束ね、翌年に純粋持株会社であったエディオン自身が両社を吸収合併した。間接部門の重複を整理し、各社ばらばらだった店舗ブランドをエディオンへ寄せた。
含意
単一の指揮系統を得たエディオンは、統合直後の市場縮小で2013年3月期に連結最終損益が赤字へ沈んだものの、その後は7000億円台の売上を保った。連邦制を畳んだことが、後年のグループ再編を親会社主導で進める土台になったとみられる。
筆者の見解

招く相手のいない売りを畳む

この一社化を、単なる組織のスリム化という言葉に収めると、判断の芯を取り逃す。分権的な連邦制は、そもそも地方の有力店を対等の立場で迎え入れるための売りとして設計されていた。ところがギガスもビックカメラも去り、招くべき相手が現れないまま、間接部門の重複だけが2006年3月期に販管費比率21%という費用となって残った。久保允誉社長が踏み切ったのは、他社を迎える受け皿として保ってきた分権体制を、迎える相手がいないと見極めたうえで自ら畳む作業であったとみることができる。

もっとも、一社化がただちに会社を強くしたわけではない。単一運営体制へ移った直後の家電市場は特需の反動で縮み、2013年3月期の連結は最終損益が赤字へ沈んだ。統合の効果が利益として表れるには、その後の垂直統合による立て直しを待たねばならなかった。それでも、対等に寄り合う連合体から指揮系統の通った一つの会社へ組み替えた作業は、後年のグループ再編や資本提携を親会社が主導して進める前提を用意したといえる。規模を広げる前に、広げた規模を一つに束ねる順序が要ることを、この再編は示している。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

連邦制という売りと、その費用

エディオンは2002年3月、広島を地盤とするデオデオと中部を地盤とするエイデンが株式移転で完全親会社を設立して生まれ、2005年に関西のミドリ電化を加えて全国2位へ進んだ。店舗運営やチラシによる販促、物流を各事業会社が独自に担う仕組みは、地方の有力店を対等の立場でグループへ招き入れる際の売りであり、再編の受け皿を掲げる同社の看板でもあった。地方の連合を全国連合へ育てるという構想が、この分権的な体制を支えていた[1][2]

分権の体制は費用の面で重荷となった。人事や総務といった間接部門を事業会社ごとに抱えたまま統合していなかったため、規模の割に費用がかさんだ。2006年3月期の売上高販管費比率は21%で、より売上高の小さいコジマの17.8%や首位ヤマダ電機の18.3%を上回り、経常利益率は2.9%とヤマダの4.9%に遠く及ばなかった。粗利益率ではオリジナル家電を武器にヤマダと互角に渡り合いながら、規模の果実を利益へ結びつけきれずにいた[3][4]

決断

統合破談を経て東西2社へ、そして一社へ

規模の拡大は外部との統合ではなかなか進まなかった。2003年には中部のギガスとの統合が2カ月で破談し、2007年2月にはビックカメラと2年後をめどにした経営統合を発表したものの、傘下入りと受け取られる報じられ方への社内の反発から、3月30日にわずか2カ月足らずで白紙へ戻った。相手を得て一気に規模を広げる道が繰り返し閉ざされるなかで、久保允誉社長はまず自らのグループ内の重複を解く方へ向かった[5][6]

一社化は段階を踏んだ。2007年1月の大阪本社移転を機に、経理を中心とした間接部門の集約とミドリ電化との仕入れ統合が動き始めた。2009年10月にはデオデオがミドリ電化を吸収合併して西日本の事業会社エディオンWESTに、エイデンが東日本のエディオンEASTへ社名を改め、三つの事業会社を東西2社へ束ねた。さらに2010年10月、純粋持株会社であったエディオンがこの東西2社をともに吸収合併し、みずから店舗を営む単一の運営体制へと移った[7][8]

結果

単一運営体制への移行と収益の振れ

一社化によってエディオンは間接部門の重複を整理し、各社ばらばらだった店舗ブランドをエディオンへ寄せて、外から見ても一つの企業として認識される形へ近づいた。もっとも統合の効果はすぐには数字に表れなかった。単一運営体制へ移った直後の家電市場は、薄型テレビの特需の反動と家電エコポイント制度の終了で急速に縮み、2013年3月期の連結は最終損益が26億円の赤字へ沈んだ。翌2014年3月期には親会社株主に帰属する当期純利益51億円へ持ち直した[9][10]

収益が本格的に持ち直すのは、垂直統合を軸にした立て直しが進んでからであった。引き受けた修理を自社でこなすサービス型小売業を核に据え、工事や設置を伴う商材へ主力を移した同社の連結売上高は7000億円台を保ち、2021年3月期には経常利益278億円・親会社株主に帰属する当期純利益166億円まで戻した。連邦制を畳んで得た単一の指揮系統は、その後のグループ再編や資本提携を親会社が主導して進める前提を整えた[11][12]

出典・参考
  • エディオン 有価証券報告書【沿革】
  • エディオン 有価証券報告書(連結)
  • 週刊東洋経済 2007年4月14日号「エディオン・ビック 幻に終わった統合劇」
  • 週刊東洋経済 2007年5月12日号「量販の王 ストップ・ザ・ヤマダ!! 量販店大再編の行方」
  • 週刊東洋経済 2004年8月7日号「家電量販 メガ再編」

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