エディオン の歴史

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創業 2002年
創業者 久保允誉
創業地 東京都品川区
創業
1947年5月、久保道正氏が広島市でラジオ部品類の卸売を目的に第一産業株式会社を設立した。1952年に卸売から家電の総合小売へ転じ、1986年に商号を株式会社ダイイチ、1997年には株式会社デオデオへと改めている。もう一つの源流は1948年7月に岡嶋昇三氏が名古屋で興した個人商店の栄電社で、1955年に株式会社となりエイデンへ育った。商圏の重ならないこの二社が株式移転で持株会社エディオンを設けたのが2002年3月、広島と名古屋の雄が対等に寄り合う形である。ただし両社とも地元では強くても全国では中堅で、大手に対しては後発の連合だった。
決断
事業を拡大する手段として、この会社はほぼ一貫して統合を選んできた。2002年の発足そのものが業界再編の中核を目指した経営統合であり、2005年には関西2位のミドリ電化を株式交換で完全子会社化して連結売上高7,000億円規模の全国2位連合を築いた。もっとも、地方の雄が対等に寄り合う連邦制は間接部門の重複を抱え込み、2009年から事業会社を東西2社へ集約し、翌2010年には持株会社自身がこれを吸収して単一の運営体制へ移した。買収に3年、集めた会社を一つの指揮系統へ組み替えるのにさらに5年を要しており、統合の値打ちは買収の巧拙より、そのあとを揃えきれるかで決まる。
現況
家電の販売に修理・設置工事・リフォームまで抱え込む垂直統合が、現在の姿である。2017年の空調工事イー・アール・ジャパンの完全子会社化を皮切りにリフォーム・物流・施工の各社を買収し、住宅設備を含むELS事業を中長期の成長基盤に据えた。2022年には家具最大手のニトリホールディングスが資本業務提携で筆頭株主となり、住空間の提案で家具と家電を集約する協業に入った。2026年3月期の連結売上高は7,937億円、営業利益258億円。報告セグメントは単一で、9割超が国内である。台数を売る商売から、一件あたりの粗利を厚くする商売へ移りつつある。
競合
規模で押す相手に商圏の密度で応じたのがこの会社の競争史である。1990年代、500平方メートル以下の小型店が大半のデオデオは、安値競争で削られる前に2,000平方メートル級の地域中核店へ組み替え、そのまわりに小型店を配するドミナント戦略で商圏を守った。しかし全国では系列に縛られない混売の郊外大型店を全国へ広げしたヤマダ電機が首位を固め、都市部ではコジマを傘下に収めたビックカメラが駅前と郊外の両商圏を占める。エディオンは規模の序列で5位まで下がり、2026年6月、かつて全国2位連合で対抗した相手との経営統合を選んだ。地域は守れても全国の規模差は埋まらず、競争は合流で決着しつつある。
エディオン:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2012年3月期2026年3月期

創業ストーリー 広島と名古屋、二つの地方の雄が育てた「サービスで売る家電」 (1947年〜)

広島の第一産業からデオデオへの歩み

エディオンの最も古い源流は、1947年5月に故久保道正氏が広島市でラジオ部品類の卸売を主目的[1]として設立した第一産業株式会社にさかのぼる。同社は1952年に卸売業から家電の総合小売業へ転換し、地元広島を地盤に店舗網を広げた。高度成長期の家電需要を追い風に成長し、1970年代後半には日経流通新聞の専門店調査で家電業界の首位に立った時期もあった。1986年に商号を株式会社ダイイチへ、さらに1997年には株式会社デオデオへと改め[2]、店舗名も統一した。広島という一地方の商店から出発しながら、全国上位をうかがう規模まで駆け上がった点に、この企業の底力があらわれている。

  • エディオン 有価証券報告書 第5期(2006年3月期)【沿革】
    • [1]1947年5月に久保道正が広島市でラジオ部品類の卸売を目的に第一産業を設立
    • [2]第一産業は1986年に株式会社ダイイチ、1997年に株式会社デオデオへ商号変更

1990年代半ばの家電量販は、大規模店舗を武器にした新興ディスカウンターが地方の商圏を切り崩し始めた転換期にあった。当時のデオデオは500平方メートル以下の小型店が大半で、久保道正氏の後を継いだ久保允誉社長は、従来店の統廃合を軸に2000平方メートル級の地域中核店へ組み替える大手術を進めた。[3]人口20万人の商圏ごとに中核店を置き、そのまわりに小規模店を配するドミナント戦略を敷いて、大型店の攻勢に耐えうる体制を築いた。あわせて発行したデオデオカードは1999年に会員150万人を超え[4]、購買履歴に基づく顧客の囲い込みという、後のエディオンにつながる仕組みの原型となった。

  • 証券アナリストジャーナル(1999年6月2日, 日本証券アナリスト協会)別冊付録 デオデオ
    • [3]久保允誉がデオデオ社長として地域中核店化とドミナント戦略を推進
    • [4]デオデオカードの会員数は1999年に150万人を突破
  • エディオン 有価証券報告書 第5期(2006年3月期)【沿革】
    • [1]1947年5月に久保道正が広島市でラジオ部品類の卸売を目的に第一産業を設立
    • [2]第一産業は1986年に株式会社ダイイチ、1997年に株式会社デオデオへ商号変更
  • 証券アナリストジャーナル(1999年6月2日, 日本証券アナリスト協会)別冊付録 デオデオ
    • [3]久保允誉がデオデオ社長として地域中核店化とドミナント戦略を推進
    • [4]デオデオカードの会員数は1999年に150万人を突破

名古屋の栄電社が築いた中部の地盤

もう一つの源流は、中部地方を地盤とする家電量販店エイデンである。同社は1955年7月に名古屋で株式会社栄電社として設立され[5]、1965年には多治見橋店を支店1号として開き、チェーン展開へ乗り出した。1989年には店舗の屋号を栄電社からエイデンへ改め、1995年にはホームセンター事業のサカキヤと合併して株式会社エイデンサカキヤとなり、1998年に社名を株式会社エイデンへ戻している。[6]愛知県を中心とする中部での存在感は厚く、岡嶋家が代を継いで経営にあたった。同じ地方発の量販店でありながら、広島のデオデオとは重なる商圏を持たなかった点が、のちの統合を後押しする土台となった。

  • エディオン 有価証券報告書 第5期(2006年3月期)【沿革】
    • [5]エイデンは1955年7月に名古屋で株式会社栄電社として設立
    • [6]1995年にサカキヤと合併しエイデンサカキヤ、1998年に社名を株式会社エイデンへ変更
  • エディオン 有価証券報告書 第5期(2006年3月期)【沿革】
    • [5]エイデンは1955年7月に名古屋で株式会社栄電社として設立
    • [6]1995年にサカキヤと合併しエイデンサカキヤ、1998年に社名を株式会社エイデンへ変更

株式移転で誕生した業界3位の新勢力

2002年3月29日、デオデオとエイデンは株式移転[7]の方法で完全親会社となる株式会社エディオンを資本金40億円で設立し、両社はその完全子会社となった。新会社は同月、東京証券取引所・大阪証券取引所・名古屋証券取引所の各市場第一部に上場した[8]。登記上の本店は東京都品川区に置かれ、翌2003年に本社機能を名古屋へ、2007年には大阪へと移した。業界大手同士の初めての事業統合で売上高4000億円超の業界3位が生まれ、当時のデオデオは広島を含む中国・四国、エイデンは中部と、重複しない商圏を面で押さえる布陣となった。

  • エディオン 有価証券報告書 第5期(2006年3月期)【沿革】
    • [7]2002年3月29日にデオデオとエイデンが株式移転でエディオンを資本金40億円で設立
    • [8]エディオンは2002年3月に東証・大証・名証の各市場第一部に上場
  • エディオン 有価証券報告書 第5期(2006年3月期)【沿革】
    • [7]2002年3月29日にデオデオとエイデンが株式移転でエディオンを資本金40億円で設立
    • [8]エディオンは2002年3月に東証・大証・名証の各市場第一部に上場

ミドリ電化を加え全国2位へ躍り出る

エディオンは2005年に関西2位の量販店ミドリ電化を株式交換で完全子会社化した[9]。ミドリ電化は1961年に設立され尼崎を拠点に近畿で地歩を築いた企業で、その統合により3社体制のエディオンは連結売上高で一気に7000億円規模へ達し、ヤマダ電機に次ぐ全国2位の座に躍り出た。売上高は設立初年度の連結2227億円から、通期をならした第3期の4341億円、ミドリ電化を加えた第5期には7146[10]億円へと拡大している。あわせて上新電機やデンコードー、サンキューらと共同購入グループ『ボイスネットワーク』を立ち上げ、仕入れの結集で大手二社に対抗しようとした。

  • エディオン 有価証券報告書【沿革】
    • [9]2005年にミドリ電化を株式交換で完全子会社化
  • エディオン 有価証券報告書 第5期(2006年3月期)
    • [10]連結売上高は第1期2227億円・第3期4341億円・第5期7146億円へ拡大
  • エディオン 有価証券報告書【沿革】
    • [9]2005年にミドリ電化を株式交換で完全子会社化
  • エディオン 有価証券報告書 第5期(2006年3月期)
    • [10]連結売上高は第1期2227億円・第3期4341億円・第5期7146億円へ拡大

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エディオンの沿革2002〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
2002〜2007年統合の受け皿となって全国2位連合を築き上げるデオデオとエイデンの株式移転による持株会社エディオンの設立と三市場一部への上場

2002年3月29日、広島を地盤とするデオデオと名古屋を地盤とするエイデンが、株式移転の方法で完全親会社となる株式会社エディオンを資本金40億円で設立し、両社はその完全子会社となった。新会社は同月、東京証券取引所・大阪証券取引所・名古屋証券取引所の各市場第一部に上場した。業界大手同士では初めての事業統合で、売上高4000億円超の業界3位が生まれた。

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★★★
東京・大阪・名古屋の各証券取引所市場第一部に上場
久保允誉関西2位ミドリ電化の株式交換による完全子会社化と全国2位連合の構築

エディオンは2005年4月、尼崎を本拠とする関西2位の家電量販店ミドリ電化を株式交換により完全子会社化した。広島地盤のデオデオ、中部地盤のエイデンにミドリ電化を加えた3社体制で連結売上高は約7000億円規模へ達し、首位ヤマダ電機に次ぐ全国2位へ躍り出た。久保允誉社長が主導した業界再編の受け皿づくりの一手である。

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★★★
久保允誉サンキューの株式を40%取得し子会社化★★
2008〜2015年一社統合を進めエディオンブランドへ集約していく久保允誉事業会社を東西2社へ集約後に持株会社が吸収合併、純粋持株会社体制から単一運営体制への移行

2002年の設立以来、店舗運営や販促、物流を事業会社ごとに分ける連邦制を敷いてきたエディオンは、2009年10月にデオデオとミドリ電化をエディオンWEST、エイデンをエディオンEASTへ束ね、2010年10月には持株会社がこの東西2社を吸収合併して、純粋持株会社から店舗を営む単一運営体制へと移った。久保允誉社長のもとで進めた再編であった。

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★★★
久保允誉デオデオがエディオンWESTに商号変更
久保允誉エイデンがエディオンEASTに商号変更
久保允誉エディオンEAST・エディオンWESTを吸収合併★★
久保允誉サンキューとサンキューハウスシステムの全株式を取得
久保允誉イー・アール・ジャパンに出資し55%の株式を取得
2016〜2026年縮む市場での垂直統合、ニトリ提携からヤマダ統合へ久保允誉イー・アール・ジャパンの全株式を取得
久保允誉フォーレストを子会社化
久保允誉e-ロジに出資し80%の株式を取得
久保允誉福徳(後のフォーレスト酒販)の全株式を取得
久保允誉e-ロジの全株式を取得
久保允誉ジェイトップを子会社化
久保允誉夢見るを子会社化
久保允誉PTNの全株式を取得
久保允誉プライムステーション・EdBank等を子会社化
久保允誉サンフレッチェ広島の第三者割当増資を引き受け株式を追加取得
久保允誉麻布を子会社化★★
髙橋浩三フォーレストがフォーレスト酒販を吸収合併
髙橋浩三室山運輸を子会社化
髙橋浩三ジャパンネクストリテイリングを子会社化★★
出典・参考
  • エディオン 有価証券報告書 第5期(2006年3月期)【沿革】
  • エディオン 有価証券報告書 第5期(2006年3月期)
  • エディオン 決算説明会資料(2022年3月期)
  • エディオン 決算説明会資料(2024年3月期)
  • エディオン 統合報告書2025
  • エディオン 有価証券報告書【沿革】
  • 証券アナリストジャーナル(1999年6月2日, 日本証券アナリスト協会)別冊付録 デオデオ

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