第一家庭電器の決断社史:経営の意思決定を振り返る

更新:

決断

月賦の信用を自ら引き受け、売り場は加盟店に任せる体制で商いを組み立てた。1949年10月に個人商店の鈴やを株式会社へ移し、月賦の品目をラジオから家電全般へ拡大した。次に組織したラジオリンクストアーは国内初とされる月賦販売の組織で、加盟店の売り場で月賦を扱う。ところが1956年3月、永長佐京氏は東芝商事との合弁会社へ鈴やの営業を全部譲渡し、その社長に就任した。高単価のテレビへ品目が移るなかで、月賦の資金と仕入をメーカー系商社の資本で支える判断だったとみられる。2年後の1958年には合弁を離れ、第一家庭電器を設立した。

免責事項およびポリシー