村田泰隆

村田製作所・元取締役社長

Murata Yasutaka(敬称略)

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社長就任 1991年6月
生年月日 —
学歴 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1973年7月に村田製作所へ入社し、1974年6月にシンガポール法人、1978年3月に米国法人の役員を務めるなど海外拠点を歩いた。1979年6月に取締役、1982年6月に専務取締役、1989年6月に取締役副社長へ進んだ。2020年に中島規巨氏が創業家以外から初の社長として就任しており、それ以前の社長は創業家が務めた。ただし資本の裏づけは薄く、2006年3月期の大株主上位10位は信託銀行・生命保険会社・京都銀行などが占め、村田家個人は入らない。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1991年6月、2代目の社長として就任した。1989年6月に取締役副社長へ就任してから2年での昇格である。就任年度にあたる1992年3月期の連結売上高は2805億円、経常利益は515億円だった。以後2007年6月まで16年にわたり社長を務めた。創業家からの継承であり、単品部品に次ぐ収益源の育成を託された人事だったとみられる。

在任中の主な施策
施策

1993年12月1日に組織改革を実行し、創業者が育てた技術本部を廃して長期開発の技術開発本部と生産支援本部に分け、国内外の生産拠点を事業部の直轄へ移し、新規事業開発本部を新設した。同年には滋賀県野洲にガリウムひ素半導体と薄膜処理のラインを持つ工場を55億円で建て、モジュール部品の中核デバイスを内製化した。輸出取引の円建て統一も引き継ぎ、1995年3月期の連結純利益は前期比54%増で過去最高を更新した。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1973〜2007年
在任中の業績 FY90→FY06
就任前-
退任時(FY06)5,668億円
変化-
就任前-
退任時(FY06)20.0%
変化-

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