野村不動産ホールディングスジオ・アカマツの全株式取得と東芝不動産65%取得による商業・賃貸ビル事業の拡張

住宅分譲の伸びに頼り続けるか、上場で得た資金で商業と賃貸の床を買い足すか

時期 2008年7月
意思決定者(推定) 鈴木弘久 社長
論点 事業ポートフォリオと賃貸資産の規模
概要
2007年に商業施設の企画・運営を手がける株式会社ジオ・アカマツの全株式を取得し、2008年には東芝から東芝不動産株式会社の株式65%を取得して連結子会社とした、上場後2年で続けて打った2件の買収。
背景
上場時点で住宅事業が連結売上高の6割超を占め、ビル賃貸は13%にとどまっていた。2006年には好立地のマンション用地が取得競争で前年度相場より25〜30%上昇し、住宅偏重の収益構成を薄める必要があった。
内容
ジオ・アカマツは2007年4月26日の取締役会決議で全株式を11億9,600万円で取得し、7月2日に引き渡し。東芝不動産は2008年7月22日に東芝と基本合意し、同年12月25日に65%の取得を完了してNREG東芝不動産へ商号変更した。
含意
東芝グループ各社を主要テナントとする賃貸資産を傘下に入れ、CRE(企業保有不動産)戦略のリーディングケースと位置付けた。取得完了はリーマンショックの3カ月後にあたり、直後の2009年3月期に経常利益は前期比で約6割減となった。
筆者の見解

買った床と、借りた時間

二つの買収に共通するのは、自分で用地を仕入れて造るという同社本来のやり方では届かない場所を、会社ごと手に入れた点にあるとみることができる。商業施設の企画・運営は経験の蓄積が要る仕事であり、東芝グループの社屋や商業施設は市場に出回る性質の資産ではない。上場で得た調達力の最初の使い道が、開発用地ではなく事業会社であったことには、住宅分譲の伸びだけでは持たないという当時の判断が表れているといえる。

もっとも、タイミングは選べなかった。800億円の支払いが確定した数カ月後に金融危機が来て、利益は大きく落ち込む。それでも賃貸資産は毎月の賃料を生み続け、市況の回復を待つ時間を会社に与えた。買収がうまくいったかどうかを、取得直後の損益で測るのは早すぎたのかもしれない。東芝との提携は14年で解消され、買った2社はいずれも野村不動産の名の下に収まった。外から迎えた会社をどこまで自立させ、どの時点で溶かすのか——この2件は、買収後の距離の取り方についても一つの答えを残したとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

住宅に偏った収益と、上がり続ける用地

2006年10月に上場した時点の野村不動産ホールディングスは、「プラウド」ブランドの分譲マンションを主力とし、住宅事業が連結売上高の6割超を占めていた。ビル賃貸は13%にとどまる。住宅の販売そのものは順調で、在庫率は1%台と失敗の少ない事業と評されていた。だが好調の土台である用地の仕入れが難しくなっていた。2006年に入り、好立地のマンション用地は取得競争の激化で前年度の市場相場より25〜30%上昇している。土地の仕込みが細れば供給戸数も減り、住宅一本での収益の伸びは頭打ちに近づく[1]

一方で、業績そのものは上向いていた。連結売上高は2007年3月期の3,672億円から2008年3月期に4,115億円へ、経常利益は475億円から603億円へ伸びている。上場で自己資本比率は9%未満から25%程度に上がり、資金調達の幅も広がっていた。稼ぐ力と調達力の両方が整った時期に、住宅以外の収益源をどう厚くするかという課題が残されていた[2][3]

商業施設とCRE、二つの空白

同社グループは開発事業で住宅やオフィスビルを中心に業容を広げてきた会社であり、商業施設については手薄であった。当時は商業施設開発や、住宅・ビルと商業施設との複合開発にも力を入れ、商業ビルを投資対象とした私募ファンドの運用も手がけていたが、企画から運営まで通しで担う専門部隊は社内になかった。開発する側の力はあっても、テナントを集めて商業施設を回す仕事は、住宅分譲とは別の経験を必要とする領域であった[4]

もう一つの空白がCRE(企業保有不動産)であった。同社は企業の不動産戦略に関わるニーズに対し、収益不動産開発・法人仲介・プロパティマネジメント・建築設計といった多様なサービスから解決策を提供しており、CRE戦略をグループの次の成長戦略の一つと位置付けて取り組みを強めていた。企業が持つ不動産の運用を任される仕事は、自社で用地を買う開発とは別に、相手の資産を預かることで床を増やせる道筋でもある。買収の相手先は、この二つの空白に対応していた[5]

決断

ジオ・アカマツを丸ごと買う

2007年4月26日、野村不動産ホールディングスは取締役会で株式会社ジオ・アカマツの株式取得と子会社化を決議し、同日に株式譲渡契約を締結した。取得株式数は176,000株、取得価額は11億9,600万円で、所有割合は0%から100%になる。株券の引渡しは同年7月2日であった。取得先はジオ・アカマツ代表取締役社長の山本彰氏で、同氏が他の全株主から自身の保有分を除く全発行済株式をいったん取得したうえで、全株を売却する手順がとられた[6][7]

ジオ・アカマツは1968年7月に設立された大阪市中央区の会社で、創業以来一貫して商業施設の企画・設計・テナントリーシングに取り組み、近年は商業施設運営のノウハウを活かしてプロパティ・マネジメント事業にも進んでいた。従業員は150名、2006年6月期の売上高は23億1,800万円である。買収の理由として同社は、グループの持つ開発力とジオ・アカマツの持つ商業施設の企画・運営分野のノウハウが融合し、グループ全体としてさらなる発展が見込まれると説明した。あわせて、顧客・ノウハウ・ブランドという独自の営業基盤を持つ会社として自立した発展を目指す方針も示している[8][9]

東芝不動産の65%を800億円で

2008年7月22日、野村不動産ホールディングスと東芝は、東芝が保有する東芝不動産株式の一部を譲渡し、東芝不動産を野村不動産HDの連結子会社として不動産事業分野で提携関係を築くことに基本合意した。売買株式数は19,853,600株、売買価額は800億円の予定価格である。譲渡後も東芝が35%を持ち続ける設計で、買い切りではなく提携を伴う資本の組み替えであった。東芝不動産は1932年12月創業、従業員126名、2008年3月期の売上高は428億1,800万円で、東芝ビルディング・ラゾーナ川崎プラザ・梅田スカイビルなどを保有していた[10][11]

売り手の事情は明快であった。東芝の西田厚聰社長は「コア事業と思い定めたのはフラッシュメモリと原子力発電。関連がない事業は切り離す」と公言しており、前期には創業の地の銀座東芝ビルを売っている。2010年度までの3カ年で2兆2,000億円の設備投資を計画するなかで、不動産は資金の出し手にあたった。買い手の側は、東芝グループ各社を主要テナントとする優良な賃貸資産を傘下に加え、東芝グループとのパイプラインによって賃貸事業・ファンド事業に加え管理・開発・分譲・仲介の機会を広げるねらいを掲げ、本件を「企業不動産(CRE)のメインアドバイザー」事業のリーディングケースと位置付けた。取得は2008年12月25日に完了し、東芝不動産はNREG東芝不動産へ商号を変えた[12][13][14]

結果

金融危機のただ中での着地

取得の完了は2008年12月25日、リーマンショックの3カ月後にあたる。2009年3月期の連結売上高は4,487億円と前期を上回ったものの、経常利益は238億円で前期の603億円から6割余り減った。鈴木社長は翌年の取材で、信用収縮による実体経済の悪化が雇用不安につながり不動産市場は凍りついたと振り返りつつ、住宅ローン減税やREITへの官民ファンド設立といった政策支援を受けて底打ちの気配が出始めたと述べている。同社は2009年6月に市場から650億円を調達し、半分を借入返済に、300億円を用地仕入れに充てる方針を示した[15][16]

買った資産は残った。2008年には自社ブランドの中規模ハイグレードオフィス「PMO」の第1号となるPMO日本橋本町が竣工し、NREG東芝不動産の加入とあわせて賃貸事業の床は増えた。同社はのちに2006年の上場を振り返り、資本市場からの資金調達力を高めてNREG東芝不動産のM&Aにより賃貸事業を拡大したと整理している。住宅分譲の売れ行きに全体の損益が引きずられる構造は、賃貸の比重が上がるにつれて和らいでいった[17]

提携の解け方

東芝との資本関係はその後段階的に整理された。2015年9月、東芝は保有する35%のうち30%をNREG東芝不動産株として370億円で野村不動産ホールディングスへ売却し、249億円の売却益を2015年7〜9月期に計上している。不適切会計の発覚による信用力低下を受けた資産売却の一環であった。2020年1月には野村不動産ホールディングスがNREG東芝不動産の完全子会社化を発表し、2022年4月に同社は野村不動産へ吸収合併された。基本合意から14年で、買い足した会社は本体に溶けた[18][19]

ジオ・アカマツも同じ道をたどった。買収後も社名と営業基盤を保ったまま商業施設の企画・運営を担い続けたが、2020年10月に野村不動産コマース株式会社へ商号を変更している。グループの商業事業をさらに広げるにあたり、企画から運営までの各段階で責任を担う体制を整えるという理由であった。自立した発展を目指すとした2007年の方針は、13年をかけて野村不動産の名を冠する形に落ち着いた[20]

出典・参考

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