円谷フィールズホールディングスフィールズによる円谷プロダクションの子会社化

時期 2010年3月
意思決定者(推定) 山本英俊 創業者
論点 IP保有と事業構成
概要
2010年3月、フィールズは映像制作のティー・ワイ・オーが保有する円谷プロダクション株式51%を譲り受けることで基本合意し、同年4月に子会社化した。ウルトラマンシリーズの版元を、遊技機の販売会社が傘下に収めた取引であった。
背景
フィールズは2003年の上場後、SANKYO系・京楽系・カプコン系の各メーカーと販売契約を重ねて全国型の販社網を築き、2004年からはエヴァンゲリオンの遊技機を扱っていた。ただしIPはいずれも他社から借りる立場であり、リーマンショック後は売上も後退していた。
内容
譲渡元のティー・ワイ・オーは主力の広告映像事業へ経営資源を集めるため円谷プロ株を手放した。フィールズは同年4月2日に株式を取得し、同月デジタル・フロンティアもあわせて子会社化して、映像制作機能を含むかたちでIPを抱えた。
含意
買収を境に、フィールズは他社IPの流通業者から、ウルトラマンの版元として玩具・ライセンス・映像・イベントを統括する側へ立場を変えた。12年後には持株会社の商号にこの子会社の名を掲げることになる。
筆者の見解

借りる側から、貸す側へ

この買収の核心は、金額の大きさではなく、取引関係のどちら側に立つかの選択にあったとみることができる。遊技機の販社は、メーカーからは機械を仕入れ、版元からはキャラクターを借りる。売れる台を見抜く目利きは必要でも、作品そのものの価値は他人の手の中にある。ティー・ワイ・オーが広告本業への集中を選んで手放した51%を引き取ったことで、フィールズは玩具・映像・ライセンスの各出口を自ら開ける立場に移った。事業の入れ替えというより、業界の中での位置を一段動かす判断だったといえる。

もっとも、買った時点で答えが出た取引ではない。買収後の10年で遊技機事業は二度の急落を経験し、2017年3月期には過去最大の赤字を計上している。その間もウルトラマンは残り、規制や稼働に左右されない収益源として輪郭を得ていった。IPは20〜30年かけて育つという山本氏の言い方に従うなら、2010年に取得した資産の成否は、放送開始60年を迎える海外展開の帰趨にかかってくる。他人の作品を売って稼いだ会社が、自分の作品を世界へ売る会社になれるのか——問いはまだ開いたままとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

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出典・参考

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