1988年6月、山本英俊氏は愛知県名古屋市緑区に株式会社東洋商事を設立した。設立目的は遊技機の販売と並んで『製鉄原料の販売』が掲げられ、後年のエンタテインメント企業からは想像しにくい産業財商社としての出発だった。山本氏は1955年10月生まれ、名城大学理工学部の出身で、技術系の素養を持ちながら遊技機販売という当時急成長していた市場へ参入した。製鉄原料は地域の鉄鋼関連企業の調達コスト変動を読み取る商売であり、固定客との取引関係を積み上げる『商社業』の鍛錬の場となった。創業時点で山本氏は既に30代前半に差しかかっていたが、技術と商社的調整能力の双方を併せ持つ起業家としての型を、この製鉄原料事業で固めた。 [1][2][3]
1990年代前半、日本の遊技機市場(パチンコ・パチスロ)は装置産業として拡大していた。CR機の解禁(1992年)・タイアップ商品の登場・郊外型ホールの全国展開などが続き、遊技機メーカーから販社経由でホールへ機械を流すサプライチェーンが業界の標準形になっていた。東洋商事は名古屋発の販売業者として、地域ホールとの関係構築を起点に、遊技機販売を拡大した。製鉄原料という産業財商社の地味な仕事と、遊技機販売という消費系の商売を併走させる体制は、商売の規律と市場感度の両方を山本氏に与えた。1990年代を通じてこの二本柱で同社は資本を積み上げ、1999年1月には販売部門でISO9002を取得し(後年ISO9001へ移行)、地域商社から全国型販売会社へ脱皮する準備を整えた。 [4]
東洋商事の販売業を率いる山本氏は、2000年代を前に業界内で発言力を持つ存在になっていた。2000年7月、リムコーポレーションの例会(東京・池之端文化センター)で『生き残りを賭けた21世紀のホール経営戦略』をテーマに特別講演を行い、近く見込まれる規則改正とそれを受けた機械開発の動向を解説した。なかでも山本氏は、ゲーム性重視の流れでメーカー間の開発力格差が広がり、中小メーカーは生き残りのため他社と手を組むとして、『パチスロメーカーがパチンコメーカー、パチンコメーカーがゲーム業界など、ジャンルを越えた提携が進んでいく』と業界再編の加速を予測した(遊技通信 2000年8月号)。のちにフィールズがエヴァンゲリオンやウルトラマンなどのIPを軸に、メーカーやコンテンツ業界をまたいで提携を重ねていく路線は、この時期に山本氏が公に語っていた業界観の延長線上にあった。 [5][6]
2001年10月、同社は会社分割(新設分割)により製鉄原料部門等を新設会社(株式会社東洋商事)へ移管し、本体を遊技機販売専業に組み替えた。同時に商号を『フィールズ株式会社』へ変更、本社を東京都港区に移転した。創業地・名古屋を離れて東京へ拠点を移したのは、遊技機メーカー大手と販社の取引が首都圏に集中していたためであり、同時に既往の製鉄原料事業を分離して非中核事業を切り離した。山本氏は遊技機販売の単一事業に経営資源を集中する決断を下し、創業時に併存した二本柱の一方を捨てた格好となった。1988年の創業から13年で同社は名古屋の地場商社からエンタテインメント関連の専業会社へと自己定義をやり直した。 [7][8][9]
2001年6月には『TOTAL Workout』というフィットネスクラブ営業も開始しているが、これは創業者の人的ネットワークを起点にした副業的展開で、後年も収益への寄与は限定的だった。改称・本社移転・事業分割という3つの組織再編を1年で同時に実行した2001年は、同社の戦略的分水嶺となった。 [10]
2002年3月、同社は有限会社セリオ(現フィールズジュニア)を株式取得で子会社化し、地域販社を傘下に取り込む拡大路線に転じた。2003年1月には株式会社デジタルロード(現ルーセント)を新規設立して遊技機関連のIT子会社を持ち、流通機能だけでなく機種開発のサポート機能を内製化する方向へ動いた。そして2003年3月、フィールズはJASDAQ市場に上場した。創業から約15年で上場を果たした成長スピードは、遊技機販売市場の追い風と山本氏の事業集中決断の合算成果だった。 [11][12][13][14]
上場後の2003年11月、同社はSANKYOグループの株式会社ダイドー(現ビスティ)と遊技機販売取引基本契約を締結し、業界大手メーカーの販売チャネルを正式に取り込んだ。2004年6月には一般公募増資で資本金を79億4,800万円へ引き上げ、2004年7月に本社を東京都渋谷区へ移転、2004年12月には株式会社ジャスダック証券取引所に上場区分を整理し、同年に『エヴァンゲリオン』シリーズの遊技機販売を開始した。2008年2月の京楽産業グループとの共同事業開始、2009年11月のカプコングループ・エンターライズとの取引基本契約締結が続き、フィールズは大手遊技機メーカー数社の販社として全国型の流通プラットフォームを整えた。 [15][16][17][18][19][20]
2010年4月、フィールズは株式会社円谷プロダクションを株式取得により子会社化した。同月、株式会社デジタル・フロンティアもあわせて子会社化している。円谷プロは1963年に円谷英二氏が設立した特撮映像制作会社で、1966年放送開始の『ウルトラマン』シリーズを擁する日本のキャラクターIPの一大拠点だった。経営難から複数回の資本異動を経ていた円谷プロを、遊技機販売会社のフィールズが取得したのは、業界内外で違和感を伴う出来事だった。山本氏が後年語ったとおり『『ウルトラマン』程のIPは中々ないと思っている。一つのIPを育てるのに20〜30年かかり、新しく創出することは難しい』[引用元](2022年5月中計説明会QA)という認識が買収の中核にあった。 [21][22][23][24]
円谷プロ買収によりフィールズは『販売会社』から『IPホルダー』へ自己定義を更新した。それまで他社IPをタイアップとして使う立場だった同社は、ウルトラマンIPの版元として自ら玩具・ライセンス・映像制作・ライブイベントを統括する立場に立った。2011年1月の株式会社マイクロキャビン(ゲーム会社)子会社化、2011年5月のトータル・ワークアウトプレミアムマネジメント設立、2011年11月の株式会社小学館クリエイティブとの共同コミック誌『月刊ヒーローズ』創刊と続いた一連の動きは、円谷プロのIPを軸にコンテンツバリューチェーンを内製化する試みであり、フィールズは『遊技機×IP×コンテンツ』の多角企業を志向した。山本氏個人としても、円谷プロの取得は単なる事業多角化ではなく、自社の長期的アイデンティティを『販社』から『IP企業』へ書き換える戦略的決断だった。 [25][26][27]
2012年4月、フィールズは創業者・山本英俊氏が代表取締役会長として一線を退き、大屋高志氏が代表取締役社長に就任した。山本氏は1988年の創業から24年にわたり社長を務めた後の交代だった。大屋氏の社長期間(2012〜2016)はフィールズの売上規模が拡大した時期であり、FY11(2012年3月期)の922億円からFY13(2014年3月期)には1,149億円へ伸長した。一方でFY14(2015年3月期)には995億円へ減少し、市場が頭打ちとなった。 [28]
2013年4月のDaiichiグループ・ディ・ライトとの業務提携、2014年1月の株式会社七匠の関連会社化、2015年2月の京楽産業グループ・株式会社オッケー.との取引基本契約締結など、メーカー網の拡大は続いた。2015年4月には東京証券取引所市場第一部へ上場区分を変更し、2015年5月にはアリストクラートテクノロジーズ(現クロスアルファ)の株式取得で同社およびスパイキーを子会社化、2015年6月には大一商会との業務提携を結んだ。販社網は厚みを増したが、業界全体のパチンコ稼働は低下傾向に転じ、規制強化(出玉性能の見直し・新基準機への移行)の影響が業績の天井を作りつつあった。 [29][30][31][32][33][34]
2016年4月、繁松徹也氏が代表取締役社長に就任した。繁松氏は1968年生まれ、筑波大学体育専門学群卒、1990年富士銀行(現みずほ銀行)入行、2007年フィールズ入社の経歴を持ち、銀行系のファイナンス出身でフィールズの経営企画を担ってきた人物だった。就任時の挨拶で繁松氏は『私たちは、創業から20数年、『すべての人に最高の余暇を』という企業理念の実現に向けて、世の中の人々の心を豊かにする商品やサービスの提供に努めてまいりました』[引用元]『エンタテインメントの根幹となるキャラクターなどの知的財産(IP)を中核にビジネスを推進すべく、数年前より多数の知的財産を取得・創出し、そのクロスメディア展開を図ってまいりました』[引用元]と語った(フィールズ 新社長就任のごあいさつ(2016年4月1日))。 [35]
だが、就任後の業績は外部環境の悪化にさらされた。FY15(2016年3月期)には売上945億円・経常利益14億円とすでに利益水準が前期から落ち込み、FY16(2017年3月期)にはついに売上767億円・営業赤字54億円・経常赤字91億円・純損失125億円という同社の歴史上最大の赤字を計上した。FY17(2018年3月期)も売上611億円・営業赤字57億円・純損失77億円が続き、繁松徹也社長体制は短期間で業績の悪化局面と直面した。2018年2月のジャパン・プレミアム・ブロードキャスト(現ぱちんこパチスロ情報ステーション)設立、2018年5月の山本氏社長復帰決定(後述)まで、繁松氏は2年程度の任期で売上の急落を受け止めた。 [36][37]
繁松氏は短期間ながら『IP軸シフト』の方針旗を掲げ、実行は次代に引き継いだ。フィールズの経営史において、繁松氏の任期は『販社の限界』と『IP軸への必然性』を業績で示した期間にあたる。
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|---|---|---|---|---|
| 1988〜2003年名古屋発「製鉄原料商社」から遊技機販売へ転じた創業期 | 山本英俊 | 東洋商事を設立 | ★ | |
| 山本英俊 | ISO9002取得(販売部門)(2002年12月にISO9001に移行) | ★ | ||
| 山本英俊 | 「TOTAL Workout」フィットネスクラブ営業開始 | ★ | ||
| 山本英俊 | 新設分割により東洋商事に製鉄原料部門等を移管 | ★★ | ||
| 山本英俊 | フィールズに商号変更 | ★ | ||
| 山本英俊 | セリオを株式取得により子会社化 | ★ | ||
| 山本英俊 | JASDAQ市場に上場 | ★ | ||
| 山本英俊 | SANKYOグループ ダイドーと遊技機販売取引基本契約を締結 | ★ | ||
| 2003〜2017年円谷プロ買収による「販社からIP保有会社」への転身 | 山本英俊 | ジャスダック証券取引所に株式を上場 遊技機「エヴァンゲリオン」シリーズ販売開始 | ★ | |
| 大屋高志 | 新日テクノロジーを株式取得により子会社化 | ★ | ||
| 大屋高志 | 京楽産業グループとの共同事業に参入 | ★ | ||
| 大屋高志 | カプコングループ エンターライズと取引基本契約を締結 | ★ | ||
| 大屋高志 | フィールズによる円谷プロダクションの子会社化 2010年3月、フィールズは映像制作のティー・ワイ・オーが保有する円谷プロダクション株式51%を譲り受けることで基本合意し、同年4月に子会社化した。ウルトラマンシリーズの版元を、遊技機の販売会社が傘下に収めた取引であった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 大屋高志 | デジタル・フロンティアを子会社化 | ★★ | ||
| 大屋高志 | マイクロキャビンを株式取得により子会社化 | ★ | ||
| 大屋高志 | 小学館クリエイティブとの協業により、コミック誌「月刊ヒーローズ」創刊 | ★ | ||
| 大屋高志 | Daiichiグループ ディ・ライトと業務提携契約を締結 | ★ | ||
| 大屋高志 | 七匠の第三者割当増資の引受により関連会社化 | ★ | ||
| 大屋高志 | 京楽産業グループ オッケー.と取引基本契約を締結 | ★ | ||
| 大屋高志 | 東京証券取引所市場第一部に上場市場を変更 | ★ | ||
| 大屋高志 | アリストクラートテクノロジーズを子会社化 | ★★ | ||
| 2018〜2026年山本英俊氏社長復帰と円谷フィールズHD化 | 繁松徹也 | ジャパン・プレミアム・ブロードキャストを設立 | ★ | |
| 山本英俊 | プライム市場に移行 | ★ | ||
| 山本英俊 | 持株会社体制への移行と円谷フィールズホールディングスへの商号変更 2022年10月3日、フィールズは持株会社体制へ移行し、商号を円谷フィールズホールディングス株式会社へ変更した。遊技機事業は新設分割によって事業会社フィールズ株式会社へ承継され、親会社はIP・デジタル事業への投資とグループ統括に回った。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 山本英俊 | 円谷フィールズHDに商号変更 | ★ | ||
| 山本英俊 | 遊技機事業を新設分割によりフィールズへ承継 | ★★ | ||
| 山本英俊 | ソフィアの子会社化によるエース電研の取り込み 2024年3月25日、円谷フィールズホールディングスは遊技機メーカーのソフィア株式51%を31億6,200万円で取得し、子会社化した。ソフィアの傘下には、ホール向けの島設備で長年トップシェアを持つエース電研があった。 詳細を読む | ★★★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(円谷フィールズホールディングス)