伊藤園フードエックス・グローブの株式取得によるタリーズコーヒー日本事業の子会社化

茶の会社がコーヒーチェーンを買う——緑茶戦争を守り切った次の成長をどこに求めたか

時期 2006年10月
意思決定者(推定) 本庄八郎(社長)・取締役会
論点 総合飲料化とコーヒー事業
概要
2006年10月、伊藤園がタリーズコーヒーの日本事業を運営するフードエックス・グローブ(現・タリーズコーヒージャパン)の株式を取得し、51%を握って連結子会社とした経営判断。買収総額は57億円強であった。
背景
2000年代前半の緑茶戦争を守り切ったものの、主力の「お〜いお茶」に売上の多くを頼る構造は変わらず、缶コーヒー・野菜飲料と品揃えを広げる過程でコーヒー領域の強化が課題として残っていた。
内容
10月25日に発行済株式の36.4%を約48億円で取得し、翌26日の取締役会で14.6%の追加取得を決議して51%とした。国内に販売網とブランドを持つコーヒーチェーンの運営会社を、そのまま傘下に収めている。
含意
協力工場方式で固定費を抑えてきた会社が、店舗という人流依存の事業を抱えた。コロナ禍では営業赤字に沈んだ一方、2025年4月期には飲食関連事業の売上高が437億円まで伸びている。
筆者の見解

買ったのは店舗か、時間か

この買収を、茶の会社が畑違いの外食に手を出した話として読むと、性格を取り違えることになる。伊藤園は緑茶飲料でも、まず商品を作り、次に自動販売機と協力工場という販路と生産の仕組みを自前で組み上げてきた。コーヒーだけは、その順序を踏まずに完成した運営会社ごと取得している。缶コーヒーで大手と正面から争うより、店舗で確立したブランドを飲料の棚へ持ち出すほうが早いという計算が働いたとみられる。

売り手の側に、創業者が支配権を持たないまま上場企業となった会社の事情があった点も見落とせない。松田公太氏が伊藤園を選んだ理由は価格だけではなく、事業を育て続ける相手かどうかであった。買収の巧拙を価格や比率だけで測ると、この種の判断は評価しきれない。人流に依存する固定費をコロナ禍で背負い、それでも手放さずに過去最高益まで戻した経緯は、買った側が売り手の見立てにどこまで応えたかを示す一つの答えになっているといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

緑茶戦争を守り切ったあとの問い

2004年、サントリーが京都の老舗茶問屋・福寿園と組んで発売した「伊右衛門」が、当初計画の1,500万ケースを大きく超える3,420万ケースを出荷し、清涼飲料業界で最大のヒット商品となった。日本コカ・コーラ、アサヒ飲料、キリンビバレッジも相次いで緑茶ブランドを投入し、1995年に800億円程度だった緑茶飲料市場は2005年に4,300億円へ膨らむと見込まれた。緑茶飲料を作った伊藤園にとって、この成長は好機であると同時に、主戦場が大手の資本に開かれたことを意味していた[1][2]

迎え撃った伊藤園は、発売18年目の「お〜いお茶」を16年ぶりに刷新するにとどめ、特別な新製品は控えた。2006年1月、本庄八郎社長は「2005年の緑茶戦争は、ほぼ決着がついた」と語り、2006年4月期中間期の営業利益は前期比6%増、首位も守り抜いたと述べている。同時に社長が次の狙いとして挙げたのは、健康志向を追い風に「TEA'S TEA」が売れ始めていた米国市場であった。守りが固まったあと、伸びしろをどこに置くかが経営の課題として残った[3][4]

無糖茶の外へ広げた品揃え

品揃えの拡張はすでに始まっていた。2003年8月に缶コーヒー、2004年5月に野菜飲料「1日分の野菜」を投入し、香料や調味料を使わないという創業以来の原則を守りながら茶以外の棚を取りにいっている。連結売上高は2002年4月期の2,047億円から2007年4月期には3,102億円へ伸び、5年で1,000億円を積み増した。もっともコーヒーは、缶飲料の一品目として参入しただけでは大手の牙城を崩しにくい領域であった[5][6]

買収による事業の拡張にも手をつけていた。2001年5月に米国ニューヨーク州へ販売現地法人を置き、2006年6月には米国子会社を通じてサプリメント通販のMason Distributorsの株式を取得している。タリーズの取得は、その4カ月後にあたる。抽出と充填を全国の協力工場に委託して自社工場を最小限にとどめる身軽な生産体制を保ちながら、事業の幅は外部から買って広げる——2000年代半ばの伊藤園は、こうした形で成長の場所を探していた[7][8]

決断

二段階に分けた株式の取得

2006年10月25日、伊藤園はタリーズコーヒーを運営するフードエックス・グローブの発行済株式の36.4%を約48億円で取得したと明らかにした。強化中のコーヒー事業の拡大に本格着手するためであり、国内に販売網とブランドを持つコーヒーチェーンの専門会社が持つノウハウを使うという説明であった。缶コーヒーで棚を取りにいく戦い方とは別に、店舗と豆と焙煎の知見を丸ごと手に入れる道を選んだことになる[9]

一部取得の翌日にあたる10月26日、伊藤園は取締役会で株式の追加取得を決議する。すでに握った36.4%に14.6%を積み増して51%とし、連結子会社に組み入れる内容で、追加取得に要する金額は19億1,500万円、既取得分と合わせた買収金額は57億円強となった。持分法適用にとどめず過半を押さえたことで、店舗運営会社の損益と資産が伊藤園の連結決算に入る。有価証券報告書の沿革も、2006年10月をフードエックス・グローブ株式取得の年月として記載している[10][11]

売り手の側にあった事情

この取引は、伊藤園が一方的に買いにいったものではなかった。タリーズコーヒーの日本1号店を1997年に開き、2001年に株式を上場させた創業者の松田公太氏は、後年、自社株を20%しか持っていなかったと振り返っている。投資ファンドが役員会でタリーズの売却を提案しようとしていたなかで、松田氏は水面下で伊藤園に接触し、大手ファンドの提示額に1割上乗せする条件の契約書を持って先回りした。売却そのものは避けられないという前提で、売り先を選びにいった動きであった[12]

松田氏が伊藤園を選んだ理由として挙げているのは、ファンドの下で事業を切り詰められるより、今後もブランドと社員を育ててもらえるという見立てであった。買い手の側から見れば、上場企業として運営体制の整った日本事業を、経営陣の合意を得たうえで取得できる案件にあたる。緑茶で市場を作った会社が、自力では十年単位を要する店舗網とコーヒーの知見を、57億円で時間ごと買った取引であったとみることができる[13]

結果

店舗事業から飲料ブランドへ

取得後、フードエックス・グローブはタリーズコーヒージャパンと合併して商号を同社名に改め、伊藤園グループの飲食関連事業を担う会社となった。セグメントの売上高は2015年4月期の252億円から2019年4月期には345億円へ伸び、営業利益も35億円に達している。店舗数の拡大に加え、タリーズの名を冠した容器入り飲料を伊藤園の販売網に乗せることで、店舗で得たブランドを飲料の棚へ持ち出す形ができあがった[14][15]

買収から18年を経た2024年4月期、タリーズコーヒージャパンの売上高は前の期比14%増の403億円となり、伊藤園の連結売上高の9%を占めるまでになった。営業利益は33%増の32億円である。2024年9月には、タリーズが関わる農園でサイズなどを理由に採用してこなかった豆を伊藤園の飲料に活用する取り組みも始まり、店舗と飲料の両側で原料を融通する関係が生まれている。茶葉で川上へさかのぼった会社が、コーヒー豆でも同じ道筋をたどった格好となった[16][17]

人流に依存する事業を抱えるということ

一方で、店舗事業は伊藤園がそれまで持たなかった性質のリスクを持ち込んだ。新型コロナウイルス感染症の流行で、飲食関連事業の売上高は2020年4月期の327億円から2021年4月期には262億円へ落ち込み、13億円の営業損失を計上する。同じ期の減損損失は18億円に上った。自動販売機とタリーズという、人の移動を前提とする販路を二つ抱えていたことが、この時期の連結業績に重く響いた[18]

回復も早かった。飲食関連事業の売上高は2023年4月期に354億円と過去最高を更新し、2025年4月期には437億円、営業利益35億円まで戻している。協力工場方式で設備を持たず身軽に伸びてきた会社が、家賃と人件費を伴う店舗網を20年近く保有し続けた結果として、飲料に次ぐ収益の柱が一つ増えた。買収時に払った57億円強は、その後の年間利益で回収できる水準に収まっている[19]

出典・参考

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