決断
規格が改まるたび、業界より先に新型機を出す順序を守ってきた。1980年7月に発売した"超特電機フィーバー"は、大当たりで大入賞口が開いて一度に大量の玉が出る仕組みで、腕を競う遊技を確率の遊技へ変えた。1991年4月には三共産業を存続会社とする吸収合併で商号をSANKYOへ改め、同年10月に株式を店頭登録して、1995年8月に東京証券取引所市場第二部へ上場した。2008年4月には生え抜きの澤井明彦氏へ社長を譲ってCEO・COO体制を導入し、38年続いた創業家の父子二代の社長職を離している。2022年11月解禁のスマートパチスロ、2024年4月のスマートパチンコでも業界に先駆けて対応機を投入した。2025年6月には、商品本部長として機種開発を担ってきた小倉敏男氏が代表取締役社長CEO兼COOに就任し、石原明彦氏の4年の在任を引き継いでいる。
2008年 澤井明彦氏が社長就任
取締役の人数2008 2009 2014 取締役(名) 10 4 4 1991年4月 商号をSANKYOに変更