この判断の核心は、テーマパークを建てたことよりも、在庫も設備も持たずに稼げる版権事業の隣へ、毎期きまって償却が発生する616億円の資産を据えたことにあると思われる。連結の有形固定資産は1988年7月期の137億円から1991年3月期の911億円へ6.6倍になり、総資産に占める比率は5.5%から20.6%へ跳ね上がった。物流拠点のために押さえていた多摩の土地が、そのまま体験を売る装置に化けた形である。キャラクターを紙とモノに載せて配る会社が、キャラクターに会いに来てもらう会社へ半身を移す試みだったと思われる。
もっとも、この投資が抱えた難しさは、予算そのものの動き方に表れている。300億円で始めた計画は、全天候型への構想変更を挟んで350億円、420億円、500億円と引き上げられ、完成予定も1年近く後ろへずれた。装置産業の作法を持たない会社が、走りながら仕様を決めていった跡が残る。開業の期に56億円の当期純損失を計上し、テーマパーク事業の営業損失が翌期57億円、翌々期64億円と深まっていったのは、集客の失敗というより、償却という固定費に事業の収益力が追いつかなかった結果であったのだろう。屋内型という選択が長い目で正しかったかどうかは、この数字だけでは決まらない。