サンリオ の歴代社長

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1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

辻信太郎退任

1960年社長就任

山梨シルクセンター設立・代表取締役社長

辻朋邦現任

2020年社長就任

2014年入社2015年執行役員2016年取締役代表取締役社長
創業社長の関係
創業

1960年8月、山梨県庁を退職した辻信太郎氏が山梨シルクセンターを資本金100万円で設立し、初代社長に就いた。1973年にサンリオへ改称し、1974年に生まれたハローキティを軸にライセンス事業を築いた。創業家の社長は一度も途切れず、2020年に孫の辻朋邦氏が継いでいる。

社長登用の傾向
登用

社長は創業以来2人だけで、いずれも辻家の出身である。外部招聘も、創業家以外のプロパー社員の登用も一度も確認できない。辻朋邦氏は大学卒業後に食品会社へ就職し、2014年1月の入社後は経理・営業・マーケティングを順に経験して、6年半後に31歳で社長となった。

社長任期の傾向
任期

辻信太郎氏は1960年8月から2020年6月まで約60年社長を務め、退任後も代表取締役会長として残り、2022年に94歳で役職を離れた。長期政権の根拠は、代表権に加えてテーマパーク子会社の社長職まで握り続けた点にあると推定される。現任の辻朋邦氏は7年目に入った。

いまの体制への含意
含意

社長を外から選び直す仕組みは弱いように見える。2021年に置かれた指名・報酬諮問委員会は社長後継者計画を扱うが、責務は取締役会への答申までである。2025年6月に監査等委員会設置会社へ移った直後の2026年、子会社での報酬問題で常務取締役が辞任し、辻朋邦氏も月例報酬の3割を返納した。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
辻信太郎(1960年就任)1960〜2020年1960年就任60年退任創業家山梨シルクセンター設立・代表取締役社長決断1974年ハローキティの誕生1990年サンリオピューロランド建設1991年1993年満期ワラント債2億ドル発行2009年MR.MEN取得と欧米ライセンス転換2020年辻信太郎氏の社長退任と辻朋邦氏への継承
辻朋邦(2020年就任)2020年〜現任2020年就任7年現任創業家代表取締役社長2014年1月にサンリオへ入社した。2015年6月に企画営業本部担当執行役員、2016年6月に取締役、2017年6月に専務取締役へ進み、入社から6年半で社長に就任した。創業家の一員だが、持株比率は高くない。2015年3月期の大株主は筆頭がセガサミーホールディングスで10.6%、辻信太郎氏が2.1%で8位、辻友子氏が1.9%で9位だった。決断2021年ハローキティ依存の脱却

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