辻信太郎
サンリオ・元山梨シルクセンター設立・代表取締役社長
社長就任 1960年8月
生年月日 1927年12月7日
学歴 桐生工業専門学校化学工業学科
出自 山梨県庁
社長就任までの出自
出自
1927年12月に山梨県で生まれ、1949年12月に山梨県庁へ入庁した。役所勤めを11年続けたのち、1960年8月に県庁を退職し、同じ月に株式会社山梨シルクセンターを設立して代表取締役社長に就任した。1973年4月には社名を株式会社サンリオへ改めた。以後2020年7月に代表取締役会長へ移るまで社長を務め、在任は約60年に及んだ。
社長に選ばれた経緯
抜擢
前任者はおらず、辻信太郎氏が初代の社長である。創業から2年目の1962年、第一銀行馬喰町支店長は辻信太郎氏に、大企業を築くより松下電器に入社して社長を狙うほうが早いと言い、自分の支店の取引先から大企業となる会社は99.99%望めないものの、0.01%でも望みがあるならこの会社だとも述べたという。1977年に語ったところでは、会社を興した発想は、物そのものではなく物に託す気持ちを売ることにあった。
在任中の主な施策
施策
1974年2月に自社で開発したキャラクターを使った贈り物商品を発売し、1976年4月には他社製品への使用許諾を始めた。1982年4月に東京証券取引所市場第二部へ株式を上場し、1990年12月には東京都多摩市にサンリオピューロランドを開業した。余った資金は土地でなく株式で運用し、1992年3月期は約160億円の株式評価損で上場以来はじめての赤字と無配に転じた。連結の最終損益は1991年3月期から1998年3月期まで8期続けて赤字となり、累計は1010億円に達した。 サンリオピューロランド建設1993年満期ワラント債2億ドル発行MR.MEN取得と欧米ライセンス転換
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1927〜2020年
在任中の業績 FY59→FY19
就任前-
退任時(FY19)553億円
変化-
就任前-
退任時(FY19)3.8%
変化-
参考文献 3件
- 日経ビジネス 1990年7月30日号「編集長インタビュー 辻信太郎氏(サンリオ社長) 儲けより評判大切にしたい」
- サンリオ 有価証券報告書【沿革】
- サンリオ 有価証券報告書【役員の状況】