この創業が決めたのは、預金を集める場所を自分では作らないという方式であった。1873年に全国均一料金が敷かれた郵便局の網は、手紙のために引かれたものであって、貯蓄のために引かれたものではない。そこへ為替と貯金を相次いで載せた選択は、金融機関としての店舗投資をほとんど払わずに、当時の日本で最も細かく張られた窓口を獲得することに等しかったとみられる。150年後のゆうちょ銀行が、直営店235箇所に対して2万を超える郵便局に代理店を置くという他の銀行に例のない形をとっているのは、この起点から一度も外れていないためである。
もっとも、窓口を借りて集めるという方式は、集めた資金の置き場についても自由を狭めてきた。創業以来の「集めて運用する」構造そのものは変わらないが、中身は入れ替わりつつあり、2026年3月末には国債41.4兆円を、外国債券などその他の証券88.2兆円が上回っている。一方で入口は、振替貯金を除き原則1,300万円という預入限度額に縛られたままである。集める量の上限を制度が決め、稼ぎの厚みは市場で取るリスクが決めるというこの非対称は、国が小口の貯蓄を抱えるために置いた制度をそのまま引き継いだことの代償なのだろう。