吉野浩行

ホンダ・元取締役社長

Yoshino Hiroyuki(敬称略)

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社長就任 1998年6月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1963年4月に本田技術研究所へ入り、1977年3月に同研究所の取締役、1983年5月に本田技研工業の取締役、1990年6月に専務取締役、1992年6月に取締役副社長となった。1994年6月には本田技術研究所の取締役社長を兼ね、研究所側を歩いた技術者として1998年6月に社長へ就任した。創業家との血縁も持株の裏づけも持たず、前任の川本信彦氏が守った単独路線をそのまま引き継いだ。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1998年6月、川本信彦氏から社長を承継した。世界では1998年に独ダイムラー・ベンツと米クライスラーが合併し、1999年にはルノーが日産自動車へ資本参加するなど、規模を掲げた再編が続いた。米フォード・モーターによるホンダ買収の構想が取り沙汰されても、吉野浩行氏は再編の波に乗らず、規模ではなく売れる車を持てるかどうかを問題とした。

在任中の主な施策
施策

2001年にも自主独立を貫き、効率化につながらない合併・提携による規模の拡大には着手しなかった。鈴鹿製作所では、小型車から大型ワンボックスまで生産設備を替えずに造る生産体質改革ラインを稼働させた。1999年4月に東京へホンダクレジットを、同年12月に米国へホンダマニュファクチュアリングオブアラバマを設立した。2002年6月には埼玉製作所和光工場の四輪車用エンジン生産を終え、狭山工場へ移した。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1963〜2003年
在任中の業績 FY97→FY02
就任前(FY97)59,997億円
退任時(FY02)79,714億円
変化(5カ年)+33%
就任前-
退任時-
変化-

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