早期退職優遇制度「ライフシフト・プログラム」と想定の2倍を超えた応募

2023年実施

電動化への転換と生産再編を前に、なぜホンダは定年を65歳へ延ばした先で55歳以上に退職を促し、想定の2倍が応じたのか

時期 2020年12月
意思決定者 八郷隆弘・三部敏宏(社長)
論点 人員構成の見直しと世代交代
概要
2020年12月に発表し2021年度から実施した、55歳以上の正社員を対象とする早期退職優遇制度「ライフシフト・プログラム」。電動化への転換と国内外の生産再編を背景に、人員構成の若返りと固定費の圧縮をねらった経営判断である。当初想定の約1,000人に対して2,000人を超える応募が殺到し、2023年9月に2024年度からの廃止を決めた。
背景
2017年に狭山工場の閉鎖を発表し、2021年には狭山の四輪完成車生産を終えて英スウィンドン工場も閉じるなど、国内外で生産拠点の集約が進んだ。2021年4月に発足した三部敏宏体制はEVを「第2の創業」と掲げ、若手やソフトウエア人材を厚くしようとしていた。平均年齢が自動車大手で突出して高い人員構成の見直しが課題となっていた。
内容
55歳以上の正社員を対象に、割増退職金と再就職支援を用意した。初年度は60〜64歳の枠も広げ、10年ぶりの早期退職募集となった。ホンダは2017年に定年を60歳から65歳へ延ばしたばかりで、その手前の年代にあたる55歳以上へ退職を促した。報道では退職金に最大で3年分の賃金を上乗せする手厚い条件と伝えられた。
含意
手厚い条件に想定の2倍を超える約2,500人が応じ、退職特別加算金は累計428億円に達した。世代交代の意図を超える応募は、電動化の先行きの不透明さと、突出して高い平均年齢という積年の課題を映した。報道された「年収3年分」には現場から「上乗せは基本1年分」との異論も出るなど、条件の受け止めには開きがあった。
筆者の見解

世代交代の狙いを超えた人材流出

この判断の核心は、生産再編と電動化という二つの圧力が重なる時期に、手厚い割増をつけて中高年の退職を促した点にある。狙いは人員構成の若返りと固定費の圧縮にあったが、定年を65歳へ延ばした直後に55歳以上へ退職を促すという段取りは、それ自体がホンダの立ち位置の揺れをうかがわせる。しかも、想定の2倍を超える応募が示したのは、制度設計の見込み違いであると同時に、電動化の先行きが読みにくいなかで会社に見切りをつけた層の厚さでもあった。報道された「年収3年分」に現場から異論が出たように、手当ての手厚さと受け止めのあいだにも開きがあった。

想定の2倍が応じたという事実は、突出して高い平均年齢と潜在的な過剰人員という、ホンダが長く抱えてきた重さを映している。1990年代に「規模より売れる車」を掲げて単独路線を選び、合併とは従業員を軽んじる行いだと語ったホンダが、四半世紀を経て、みずから多くのベテランを送り出す側に回った。人をどれだけ抱え、どのように送り出すのか——電動化への転換が続くなかで、この問いはなお答えの出ないまま残る。加算金428億円という代償は、その難しさをそのまま示している。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

国内外で進んだ生産の集約

2010年代後半から、ホンダは国内外の生産拠点を絞り込んでいった。2017年10月に狭山工場の閉鎖を発表して寄居工場への集約を決め、2021年12月には狭山での四輪完成車の生産を終えた。同じ2021年には英スウィンドン工場も閉じ、欧州での完成車生産から全面的に退いた。いずれも減産をともなう再編であり、生産現場を中心に余剰人員が生じる見通しだった。拠点の統廃合だけでは、全社にわたる人員構成の偏りまでは正せなかった[1]

電動化への転換と、突出して高い平均年齢

事業の方向も大きく振れようとしていた。2021年4月に社長となった三部敏宏氏は、電動化をホンダの「第2の創業」と呼び、2040年までに新車をすべてEVと燃料電池車へ切り替える目標を掲げた。求められる人材は、内燃機関の熟練者から若手やソフトウエア技術者へと変わっていた。ホンダは2017年に定年を60歳から65歳へ延ばしていたが、電動化の加速はむしろ、中高年に厚い人員構成の見直しを経営の課題に押し上げた[2][3]

人員構成そのものにも、放置しにくいゆがみがあった。ホンダの平均年齢は自動車大手のなかでも高く、組合員の平均で44.9歳に達していた。生産再編で生じる余剰と、電動化に向けた若返りの必要が重なり、世代交代というより、高齢化した人員構成と潜在的な過剰人員をどう解くかが主眼だったとの見方も出た。ライフシフト・プログラムは、その積年の重さに手をつけるための一手という性格を帯びていた[4]

決断

定年を延ばした先での早期退職優遇

2020年12月、ホンダは2021年度から55歳以上の正社員を対象に、早期に退けば割増退職金を払う優遇制度を設けると発表した。社内では「ライフシフト・プログラム」と呼ばれた。基本の対象は55歳以上59歳未満だが、初年度は60〜64歳まで枠を広げた。ホンダにとって早期退職の募集はおよそ10年ぶりで、定年を65歳へ延ばした直後に、その手前の年代へ退職を促すという入り組んだ判断であった[5]

条件は手厚く映った。報道では、退職金に最大で3年分の賃金を上乗せし、再就職の支援まで用意すると伝えられた。もっとも、この「年収3年分」には社内から異論もあった。基本の上乗せは1年分で、3年分という数字は報道が独り歩きしたものだという指摘である。手当ての中身をどう受け止めるかで、制度への評価は割れていた[6][7]

結果

想定の2倍を超えた応募と、10年ぶりの手じまい

ふたを開けると、応募は想定をはるかに上回った。ホンダが当初見込んだ利用者は1,000人ほどだったが、2021年夏には早くも2,000人を超え、期間従業員などを除く国内正社員およそ4万人の約5%に達した。最終的な利用者は約2,500人と当初の2.5倍にのぼり、2021年7月末から2022年3月末までの退職者は約3,200人で、その大半がこの制度を使った。手厚い条件が、会社の見込みを超える規模で退職を後押しした[8][9]

想定を超える人材の流出は、決算にも重くのしかかった。単体決算では退職特別加算金として2022年3月期に360億円、2023年3月期に68億円、あわせて428億円を特別損失に計上した。制度はおよそ2年で役割を終える。2023年9月、ホンダは10年ぶりに再開した早期退職優遇制度を2024年度から廃止すると決めた。応募が想定を上回り続けた末に、開いたばかりの窓を再び閉じた[10][11]

出典・参考