ホンダ スウィンドン工場の閉鎖 英国欧州完成車生産からの全面撤退
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何をなぜ決めたか
- 概要
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2019年2月19日、ホンダが2021年中に英国スウィンドン工場とトルコ工場での四輪車生産を終了し、欧州における完成車の現地生産から全面撤退すると発表した経営判断。八郷隆弘社長のもとでの決定で、跡地は不動産開発会社へ売却された。
- 背景
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1985年進出の欧州事業は慢性的な赤字が長期化し、スウィンドン工場が造るシビックは仕向け地の6割超を域外へ輸出して量をまとめる構図であった。販売基盤を欠いた現地生産の固定費が重荷になっていた。
- 内容
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スウィンドン工場を2021年7月30日に生産終了とし、跡地を欧州最大級の不動産・物流開発会社パナトーニへ売却。セダン型シビックを造るトルコ工場も閉鎖した。八郷隆弘氏(社長)はBrexitとの関係を否定し、電動化を軸とする生産再編と位置づけた。
- 含意
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1985年の進出から36年、約370万台を生産した拠点を、欧州での販売が育たないまま手放した。拠点を広げる判断と畳む判断の時間差が、稼働率の低さと固定費、撤退の費用となって積み上がったことを示す。
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筆者の見解
進出と撤退を隔てる36年
この撤退で問われたのは、1985年の進出と2019年の撤退を隔てる36年という時間の重さである。欧州に完成車工場を構えながら、その生産の6割超を域外へ運ばなければ量がまとまらない状態が長く続いた。販売の裏づけを欠いた現地生産は、稼働率の低さと固定費、そして最後には撤退の費用となって積み上がっていく。好況のうちに整理する機会を逃し、電動化への転換で資源の集中を迫られるなかでようやく畳んだ点に、この判断の遅れと重さがにじむ。
同時にこの撤退は、ホンダが欧州という一つの市場から退いたというより、完成車を自前で"どこでも造る"時代の終わりに向き合った動きと推察される。狭山工場の閉鎖や早期退職と重なり、電動化を見据えて生産の裾野を絞る流れのなかにあった。進出のときに描いた欧州での自立は果たせなかったものの、その経験は、拠点を広げる判断と畳む判断の時間差をどう縮めるかという問いを、電動化の時代のホンダに残したのだろう。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
業績の推移
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参考文献
- 本田技研工業 有価証券報告書