創業家外初の社長就任と車載・スマホへの事業構造転換
リーマンショック後の265億円赤字と成長戦略の不在
2008年3月期、アルプス電気の売上高は6,926億円に達していた。しかし翌2009年3月期、リーマンショックの影響で売上高は5,389億円に急落し、265億円の営業赤字を計上した。部品メーカーの収益はセットメーカーの好不況が増幅されて伝わるという構造的特性が、ここでも如実に表れた。2010年3月期には売上高4,936億円まで落ち込み、底を打つ。1983年に日経ビジネス誌が「天国と地獄を往復する」と評した部品メーカーの宿命が、四半世紀を経てなお変わっていなかった。
リーマンショック後、損益分岐点の引き下げは進められたが、成長戦略は描けていなかった。当時のアルプスは家電・PC向け部品への依存度が高く、これらの市場は中国メーカーの台頭とコモディティ化により価格下落圧力が強まっていた。1993年のリストラ以降も「部品の総合デパート」的な体質は根本的には変わっておらず、どの市場に経営資源を集中すべきかという判断は先送りされたままであった。損益分岐点を下げても、売上を伸ばす道筋が見えなければ持続的な回復は見込めない状況であった。
創業家3代目の片岡政隆は2012年まで24年間にわたり社長を務めていた。その間にアルプスは1991年のピークから2度の大きな危機──1990年代の円高不況と2009年のリーマンショック──を経験した。いずれも外部環境の激変に対して後手に回り、コスト削減で凌ぐというパターンが繰り返された。64年間続いた創業家経営のもとで、「何を捨てるか」という判断は構造的に先送りされやすかった。創業家にとっては、父が育てた事業も自らが守ってきた事業も、いずれも切り捨てがたいものであった。
技術者出身の栗山が家電・PCから車載・スマホへ大胆にシフト
2012年6月、栗山年弘がアルプス電気の代表取締役社長に就任した。京都大学理学部物理学科を卒業後、1980年にアルプス電気に入社し、HDD向けMRヘッドの開発など先端技術分野を主導してきた技術畑の人物である。創業家外からの社長就任は1948年の創業以来64年で初めてのことであった。片岡政隆は会長に退いた。技術者としてのキャリアを持つ栗山の起用は、営業主導で成長してきたアルプスにおいて、技術・開発を軸とする経営への重心移動を意味するものでもあった。
栗山が就任時に掲げたメッセージは「仕事を増やそう」という単純明快なものであった。「損益分岐点を下げたのだから、今度は売り上げを増やさなければならない」という論理である。このメッセージを3年間繰り返し、組織の意識を「守り」から「攻め」へ転換させた。具体的な数値目標として「車載で2,000億円、スマホで1,000億円」を掲げ、成長市場に経営資源を集中する方針を明示した。単純なメッセージを反復することで、コスト削減に慣れた組織の慣性を押し返す手法であった。
組織構造の改革も並行して進めた。市場別に分かれていた組織を機能別組織に転換し、5つの技術部門を1か所に集約して事業間の技術共有を促進した。家電・PC事業に配置されていた人員をスマートフォンと車載に大胆にシフトさせた。「カスタマー・イン」──顧客との擦り合わせ型開発を推進する姿勢は、片岡勝太郎の「ユーザーの声を聞け」の現代版ともいえるが、その対象を成長市場に絞り込んだところに栗山の判断がある。資源の分散という創業以来の課題に、集中という回答を出した。
営業利益3年で約9倍、アルパイン統合への布石
栗山改革の成果は数字に明確に表れた。2013年3月期に68億円だった営業利益は、2016年3月期には約605億円へ、約9倍に回復した。車載向け部品とスマートフォン向け部品が牽引し、売上高も2014年3月期には6,843億円、2015年3月期には7,486億円と急回復を遂げた。「仕事を増やそう」という単純なメッセージが組織を動かした背景には、損益分岐点の引き下げという前任者時代の地道な構造改革の蓄積があったことも見逃せない。守りと攻めが噛み合った結果であった。
事業構造の転換は、より大きな戦略的決断への布石にもなった。車載事業の重要性が高まる中で、アルプス電気本体の電子部品と子会社アルパインの車載情報機器を一体化するという構想が浮上する。2017年7月、栗山はアルパインとの経営統合を発表した。CASE(Connected, Autonomous, Shared, Electric)時代に対応するため、部品と完成品を統合したプラットフォーム型の供給体制を構築する戦略である。1967年の合弁設立以来50年にわたって別会社として歩んだ親子関係を再定義する決断であった。
栗山の功績は、64年間の創業家経営のもとで先送りされてきた事業ポートフォリオの組み替えを実行したことにある。家電・PCという縮小市場から車載・スマホという成長市場へのシフトは、創業家にとっては祖業や歴史との決別を意味する側面があり、外部の視点を持つ経営者だからこそ決断できた面がある。一方で、経営統合後のアルプスアルパインにおいてモジュール・システム事業の赤字が続いている事実は、統合の理念と収益構造の改善の間にまだ距離があることを示している。