アルプス・モトローラの設立
米国カーオーディオ市場とモトローラの存在
1960年代前半、日本のエレクトロニクス産業はトランジスタラジオの輸出で急成長していた。アルプス電気(1964年に片岡電気から改称)はチューナーと可変抵抗器を主力製品とし、海外輸出も急速に伸びていた。1961年に電子部品業界で初めて東京店頭市場に株式を公開し、同年10月には東証二部に上場。1962年にはモトローラ社にチューナー17万台を納入し、米国市場との接点を持ち始めていた。トランジスタ化が進む中で部品のミニアチュア化への投資も拡大し、アルプスは技術力を急速に蓄積していた時期である。
当時、米国のカーオーディオ市場はモトローラ社が約40%のシェアを握る巨大市場であった。カーオーディオは家庭用オーディオとは異なる技術要件──振動対策、温度変化への耐性、車内の限られた空間に収まる小型化──を持つ専門領域であり、日本メーカーの本格的な参入はまだ限定的であった。部品の供給先としてモトローラと取引関係を築いたアルプスにとって、このパートナーシップを部品の売り込みにとどめるか、より深い事業関係に発展させるかが次の戦略的課題となっていた。
片岡勝太郎は、単なる部品供給にとどまらない関係を模索した。モトローラの技術力と米国市場でのブランド力、アルプスの部品製造能力と日本の生産コスト優位。この組み合わせを活かすには、部品の売り込みではなく、完成品の共同生産という形が合理的であった。しかしそれは、部品メーカーが完成品メーカーの領域に踏み出すことを意味した。納入先であるセットメーカーと競合する事業を自社グループ内に持つことは、部品メーカーにとって取引関係の根幹を揺るがしかねない判断であった。
部品メーカーが完成品メーカーの領域に踏み出す合弁会社を設立
1967年5月、アルプス電気はモトローラ社との合弁でアルプス・モトローラ株式会社を設立した。カーオーディオの製造・販売を目的とする会社であり、部品メーカーがセットメーカーの領域に踏み出す異例の決断であった。日本の電子部品メーカーにとって、納入先であるセットメーカーと競合する完成品事業を自社グループ内に持つことは、取引関係を毀損するリスクを伴う。片岡勝太郎がこのリスクを承知のうえで合弁を選んだのは、部品供給だけでは得られない市場と技術の獲得を優先した判断であった。
設立翌年の1968年、第1号製品「カータブル」(8トラック・ポータブル・プレイヤー)の生産を開始し、米国市場で好評を博した。モトローラとの合弁は、アルプスに完成品の開発・製造ノウハウと米国市場への販売チャネルをもたらした。モトローラ側の事業責任者から米国のビジネス慣行と市場特性を学ぶ機会は、後にアルパインが北米で独自のブランドを構築する際の土台となった。「技術を吸収すると同時に米国の市場やビジネスについて勉強させてもらった」と後年の社長は振り返っている。
しかしこの決断は、アルプス電気の経営陣にも微妙な緊張をもたらした。1983年の日経ビジネス誌は「何故かアルプスの幹部はこのたくましい子会社を余り宣伝したがらない」と記している。「部品屋がセットに出れば片岡社長のトップ外交がやりにくくなるでしょうね」という同業他社の指摘は的を射ており、片岡勝太郎が長年培ってきたセットメーカーとの信頼関係と、子会社の完成品事業との間にはつねに構造的な緊張が存在していた。同誌はアルパインが「鬼っ子にならないという保証はない」とも指摘した。
アルパインブランドの確立と親子並走の始まり
1978年8月、アルプス電気はモトローラの持分を買収し、アルプス・モトローラを完全子会社化した。同年11月にアルパイン株式会社に社名を変更し、「ALPINE」ブランドに一新する。モトローラの名を冠さない独自ブランドとして、北米市場では高価格帯に商品を絞り、取り付け設備の整った専門店に販売チャネルを限定する戦略をとった。「一段高まったところで、客が手を触れないようにロープを張って展示されていた」とあるメーカーの技術者が当時を振り返るほど、プレミアムブランドとしてのポジショニングを徹底した。
1981年にはホンダと共同で世界初のカーナビゲーションシステム「エレクトロ・ジャイロケータ」を開発し、車載技術における先進性を示した。1988年にアルパインは東証二部に上場し、1991年には東証一部に指定替えとなった。親会社アルプス電気とは異なる市場・顧客・ブランドを持つ独立性の高い上場企業として成長し、1994年3月期には売上高920億円に達した。純正品と自社ブランドの比率はほぼ5対5であり、本田技研工業と米ビッグスリー向けの純正品、市販市場向けの自社ブランドという3本柱で事業を構成していた。
しかし、この「親子並走」の構造は、約50年後の2017年に経営統合の発表という形で終結に向かうことになる。1967年の合弁設立からアルパイン完全子会社化(2019年)まで、アルプスは部品メーカーでありながら完成品メーカーの子会社を持つという二重構造を抱え続けた。この構造がもたらした恩恵──車載事業の売上規模とブランド力──と代償──親子上場に伴うガバナンス問題──は、経営統合時に改めて問われることになる。モトローラとの合弁という原点の判断は、半世紀にわたって企業の性格を規定し続けた。