自社施設の屋根29キロワットから始めた再生可能エネルギー事業

食品スーパーの本部が、なぜ発電を第2の収益源に育てたのか

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時期 2012年11月
意思決定者 沼田博和・沼田昭二 神戸物産 社長・神戸物産 会長兼CEO
論点 本業外への多角化と設備投資
概要
2012年11月、神戸物産が兵庫県内の自社施設の屋根に29キロワットの太陽光発電設備を据えて発電事業を始めた経営判断。以後10年余りで太陽光発電所を全国へ広げ、木質バイオマス発電にも踏み込み、業務スーパーに次ぐ収益セグメントへ育てた。
背景
食品スーパーは冷蔵・冷凍設備で大量の電力を使う。同社は当初、温暖化対策として太陽光発電の導入を検討したが、自家消費には蓄電池が要り採算が立たなかった。2012年7月に固定価格買取制度が始まり、発電した電気を売る形であれば事業として成立する条件が整った。
内容
自社施設の屋根から始め、兵庫・北海道・福岡などの遊休地へ発電所を広げた。2013年末には全国7カ所8.2メガワットが稼働し、2014年秋には合計400メガワットの設置構想を掲げていた。2015年11月にエコ再生エネルギー部門を新設し、2018年8月には北海道白糠町で出力6,250キロワットの木質バイオマス発電所を動かした。
含意
2013年10月期に売上1,500万円・営業損失1億6,400万円で始まったこの事業は、2025年10月期に売上46億6,900万円・営業利益10億8,800万円まで伸びた。2020年に外食事業を手放して本業回帰を掲げた後も残された点に、この多角化の位置づけが表れている。
筆者の見解

本業と無関係な事業が残った理由

この判断を、食品会社による飛び地の多角化として片づけるのは惜しい。出発点にあったのは、冷蔵と冷凍で電気を食い続ける自社の事業構造への対処であり、発電はその延長線上で検討されていた。自家消費が採算に合わないと分かった時点で退く選択もあったなかで、制度が変わったところで売電へ切り替えて事業に仕立てた——制度の変化を、事業機会として即座に読み替える速さがうかがえる。ボタ山に発電所を建てた用地の選び方も、安く仕入れて安く供給するという本業の作法と地続きにみえる。

興味深いのは、2020年に外食関連11社を手放して本業集中を掲げたとき、この事業が売却の対象にならなかったことである。外食は業務スーパーと同じ食の領域にありながら切られ、まったく異なる発電が残った。稼いだ利益をどこへ置くかという観点では、需要の読みにくい店舗事業より、売電価格が制度で固定された発電のほうが本業の変動を打ち消しやすい。選択と集中という言葉が、事業の近さではなく収益の性質で引かれていたとみることもできる。安さを競う本業を支えるために、何を隣に置くのか——その答えが12年かけて形になったといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

電気を大量に使う商売

食品スーパーは、店を開けているあいだ冷蔵庫と冷凍庫を止められない商売である。とりわけ業務スーパーは冷凍食品を主力に据えており、店舗にも物流拠点にも自社工場にも、電力を絶えず食う設備が並んでいた。神戸物産が太陽光発電に関心を持った出発点は、この電力消費への対処にあった。当初の検討は売電ではなく、温暖化対策として自社で使う電気を自社で賄う方向を向いていた[1]

しかし自家消費という形は、採算の面で行き詰まった。太陽光は昼にしか発電せず、店舗や工場が必要とする時間帯とずれる。ずれを埋めるには蓄電池を据えなければならず、その費用を含めると経済的な合理性が立たなかった。発電した電気を自分で使うという最も素直な発想が、設備の値段によって閉ざされていた形であった[2]

制度が事業に変えた

向きを変えたのは制度であった。2012年7月、再生可能エネルギーの固定価格買取制度が始まる。発電した電気を電力会社が定められた価格で一定期間買い取る仕組みで、事業者の側から見れば、収入の見通しが制度によって固定される。自家消費のために蓄電池を抱える必要はなくなり、作った電気をそのまま売る形が採れるようになった。神戸物産はここで、売電モデルへ切り替えて事業化する道を選んでいる[3]

判断の時期も重なっていた。制度の施行と同じ2012年、2月に沼田博和氏が代表取締役社長に就き、創業者の沼田昭二氏は会長兼CEOへ退いている。2012年10月期の連結売上高は1,574億円、営業利益は42億円で、業務スーパー事業が売上のほとんどを占める単色の会社であった。代替わりの直後に、本業とまるで異なる領域へ資金を向ける判断が置かれたことになる[4][5]

決断

屋根の29キロワットから

始まりは小さかった。2012年11月、兵庫県内の自社施設の屋根に出力29キロワットの太陽光発電設備を据えて発電を始めている。数百キロワット、数メガワットという後年の規模からすれば試作に近い水準で、まず自社の建物の上で仕組みを確かめる入り方であった。ここで採算と運用の見当がついたところから、事業としての展開が始まる[6]

翌2013年から、発電所は屋根の外へ出た。兵庫県稲美町、北海道むかわ町と芦別市、福岡県上毛町と、土地の安い場所を選んで設置が進む。2013年12月の時点で全国7カ所・合計約8.2メガワットが売電を始めており、建設中の案件と計画段階の案件がその後ろに控えていた。同社はこの時点で、全国24カ所・200メガワットという設置目標を掲げている[7]

使われていない土地を探す

発電所の用地には特徴があった。福岡県川崎町の案件は、炭鉱の採掘くずを積み上げたボタ山の上に建てられている。作物も建物も載せにくい土地に、日光さえ当たれば成り立つ設備を置く発想であった。2014年10月の時点で稼働中の設備は合計15.2メガワットに達し、1日あたりの平均売電額は175万6,000円に上っていた。同社はこの時期、長期的に合計400メガワットを設置する目標を掲げ、うち約350メガワットが経済産業省の設備認定を受けていた[8][9]

事業は太陽光の外へも広がった。2015年2月には地熱発電と木質バイオマス事業に関する報告を発表し、同年11月付でエコ再生エネルギー部門を新設して、組織のうえでも本業と並ぶ位置を与えている。2018年8月には北海道白糠町で木質バイオマス発電所が動き出した。出力6,250キロワット、投資額は約40億円で、道東の未利用間伐材を砕いたチップを燃やし、北海道電力へ売電する。年間13億円の売電収入を見込み、投資の回収に約15年をあてる計画であった[10][11][12]

結果

赤字から始まった第2の柱

事業として姿を現した最初の年度は、赤字であった。エコ再生エネルギー事業が独立したセグメントとして開示された2013年10月期の売上高は1,500万円、営業損失は1億6,400万円にとどまる。設備が動き出した2015年10月期に売上7億3,100万円・営業利益6,700万円へ転じ、白糠のバイオマス発電所が加わった2019年10月期には売上23億4,100万円・営業利益3億6,100万円まで伸びた。設備投資が先に立ち、売電収入が後から追いつく形で数字が動いている[13]

2025年10月期の売上高は46億6,900万円、営業利益は10億8,800万円に達している。連結売上高5,517億円のなかでは1%に満たない規模ながら、業務スーパー事業に次ぐ収益源として定着した。もっとも、この年度は木質バイオマス発電所の在庫評価損が営業利益に3億円程度のマイナス要因として効いており、燃料を買って燃やす事業ならではの変動も抱えている。2020年に外食関連11社を手放して本業回帰を掲げたあとも、この事業だけは切り離されなかった[14][15]

出典・参考

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