決断
国内で得た上場の信用を、出店規制のない海外の店へ振り向けた会社である。1986年3月に東証一部へ上場し、同年12月からワラント債と転換社債で市場から資金を集めた。その資金を大店法の及ばない土地で使うため、1990年にはグループ本部を香港へ移転した。一方で国内でもネクステージ半田・知立の大型店を建て、その原資を市場調達約600億円で賄って有利子負債を1000億円超へ膨らませた。1995年12月には上海・浦東に百貨店を開き、中国でスーパー1,000店を出す構想を掲げて、資金繰りが悪化した後も中国の拡大を崩さなかった。銀行との関係を薄くしたまま社債で店を増やしたため、償還期が重なると利益の出る店を売るほかなかった。
1997年10月 ジャスコの支援受け入れ
ジャスコの支援受け入れ転換社債の自力償還に行き詰まって会社更生法を申請したヤオハンジャパンが、主力店をダイエーへ手放した後、ジャスコの支援を受け入れて本業の存続を図った破綻後の再建判断同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ業績の推移1996 1997 売上高(億円) 1,615 1,568 純利益率(%) 0.4 -22.9 1997年9月 長銀・東海の支援途絶で更生法申請
長銀・東海の支援途絶で更生法申請償却前利益を上回る設備投資と関係会社への投融資で有利子負債が1000億円超に膨らみ、転換社債の自力償還が行き詰まって主力3行の支援も途絶え、1997年9月に会社更生法を申請した経営破綻同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ業績の推移1996 1997 売上高(億円) 1,615 1,568 純利益率(%) 0.4 -22.9 1997年2月 ダイエーへ主力店売却
ダイエーへ主力店売却資金繰り危機のリストラ策として、熱海の高収益店を含む主力16店を競合ダイエー傘下のセイフーへ約330億円で一括売却し、代金の大半を有利子負債の返済に充てた事業売却同じ経営論点に直面した企業 | 事業売却・撤退業績の推移1996 1997 売上高(億円) 1,615 1,568 純利益率(%) 0.4 -22.9 1995年12月 上海第一八佰伴への出店
業績の推移1994 1995 1997 売上高(億円) 1,526 1,528 1,568 純利益率(%) 1.0 0.5 -22.9 1994年 静岡と中国へ二正面の拡大投資
静岡と中国へ二正面の拡大投資大店法緩和で牙城の静岡へ大手が進出する危機感から、国内の大型食品スーパー100店構想と中国・タイ・英国への海外展開を同時に進め、その原資を市場調達約600億円で賄って有利子負債を1000億円へ膨らませた拡大投資同じ経営論点に直面した企業 | 経営計画・中期戦略業績の推移1993 1994 1997 売上高(億円) 1,542 1,526 1,568 純利益率(%) 1.6 1.0 -22.9 1990年 グループ本部の香港移転
業績の推移1989 1990 1995 売上高(億円) 1,191 1,252 1,528 純利益率(%) 1.8 2.0 0.5