香港にグループ本社を設置
中国経済の転換期と流通業にとっての未開市場
1980年代後半から1990年代初頭にかけて、中国は改革開放政策の進展により経済構造を大きく変えつつあった。沿岸部を中心に外資の導入が進み、香港は中国と国際市場をつなぐ金融・物流の拠点として存在感を高めていた。一方で、小売・流通分野は未整備な部分が多く、近代的な流通システムは十分に浸透していなかった。 和田一夫氏は、日本が高度経済成長期に経験した「所得増加→消費拡大→流通革新」の流れが、時間差をもって中国でも起こると見ていた。製造業主導で発展してきた中国経済は、やがて内需と消費を軸とする段階に移行し、その際に流通業が果たす役割は大きくなると考えていた。 当時、日本企業の中国進出は製造業が中心であり、小売業が中国市場を本格的に視野に入れる例は限られていた。和田氏は、この空白こそが機会であると捉え、将来の消費市場を見据えた布石として、中国への拠点設置を検討していた。
1990年の香港本社設置と中国本格進出構想
こうした認識の下、和田一夫氏は1990年、ヤオハングループの拠点を香港に設置する決断を下した。香港を中国進出の前線基地と位置づけ、情報、人材、資金を集約することで、中国市場への本格展開を見据えた体制を整える狙いがあった。この判断は、日本の流通企業としては先行的なものであった。 和田氏は、中国進出を段階的に進めるためには、相応の資金力が不可欠であると認識していた。そのため1990年代前半にかけて、総額約600億円に及ぶ社債を発行し、成長投資に充てる構想を描いていた。この規模は当時の年間経常利益を大きく上回るものであり、将来成長を前提とした積極的な資金調達であった。 香港本社の設置と大規模な資金調達は、和田氏が「流通業のソニーになる」と掲げた構想の一環であった。製造業が技術で世界に打って出たように、流通業も仕組みと展開力で国境を越えられるという発想が、中国出店への意思決定を支えていた。