ヤオハン の歴代社長

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1962年1970年1980年1990年1997年

和田一夫退任

1962年社長就任

取締役社長

和田晃昌退任

1989年社長就任

代表取締役社長

和田光正退任

1997年社長就任

1968年取締役
創業社長の関係
創業

1930年12月、和田良平氏が妻の和田カツ氏とともに熱海で八百屋の暖簾分けを受けて開業した。創業から32年後の1962年に法人を株式会社和田商事へ組み替え、長男の和田一夫氏が33歳で社長に就いた。以後1997年9月の会社更生法申請まで、社長は創業家から3人しか出ていない。

社長登用の傾向
登用

社長の座は創業家の内側で完結していた。和田一夫氏の次は弟の和田晃昌氏、その次も弟の和田光正氏で、生え抜き社員の昇進も外部招聘も一度も起きていない。和田光正氏だけが伊藤忠商事を経ているが、それも創業家の一員としての中途入社であった。

社長任期の傾向
任期

和田一夫氏の社長在任27年が最長で、1989年に社長を弟へ譲った後も代表権のある会長として1997年まで通算35年トップに座った。弟2人の任期は和田晃昌氏の7年、和田光正氏の1年未満と急速に縮み、最後の交代は破綻の1年足らず前に行われている。

いまの体制への含意
含意

社長を代えても実権は会長の和田一夫氏に残る構図だったと思われる。1993年に始まった経営指導料の架空計上は社長が交代した後も続き、1997年の破綻まで止まらなかった。社外取締役や後継指名の機関を置いた記録は確認できない(2026年8月時点)。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
和田一夫(1962年就任)1962〜1989年1962年就任27年退任創業家取締役社長
和田晃昌(1989年就任)1989〜1997年1989年就任8年退任創業家代表取締役社長決断1990年グループ本部の香港移転1994年静岡と中国へ二正面の拡大投資1995年上海第一八佰伴への出店
和田光正(1997年就任)1997〜1997年1997年就任1年退任創業家代表取締役社長決断1997年長銀・東海の支援途絶で更生法申請1997年ダイエーへ主力店売却1997年ジャスコの支援受け入れ

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