重要な意思決定
19719月

ブラジル店を開店

背景

国内競争激化と海外展開の選択肢が乏しかった時代環境

当時社長であった和田一夫氏は、1960年代後半から1970年代初頭にかけて、日本の小売市場における競争環境が大きく変化していると捉えていた。スーパーマーケットの普及により、価格と品揃えを軸とした競争が各地で激化し、同一商圏内での競合は明らかに増えていた。店舗数を増やすだけで成長できた時代は終わりつつあり、国内市場は次第に消耗戦の様相を帯びていた。 一方で、当時の日本企業にとって海外進出は製造業が中心であり、小売業が国外に店舗を構える例はほとんど見られなかった。とりわけ地理的にも文化的にも距離のある南米市場は、日本企業にとって選択肢として認識されにくい地域であった。和田氏は、国内市場の競争が激しくなる中で、成長の場を国内に限定し続けること自体が、経営判断を狭める要因になり得ると考えていた。

決断

異例と認識した上での1971年9月ブラジル店開店

こうした認識の下、和田一夫氏は1971年9月、ブラジルに店舗を開店する決断を下した。当時、日本の小売企業が南米に出店することは極めて異例であり、成功事例もほとんど存在していなかった。それでも和田氏は、国内競争の延長線上では得られない経験を積む必要があると判断していた。 進出先としてブラジルが選ばれたのは、日系人社会の存在に加え、人口規模と消費市場としての将来性が意識されたためであった。和田氏は、日本で確立していた現金正札廉価販売の方式をそのまま適用できるとは考えておらず、商慣習や価格感覚の違いを前提として、現地ニーズに即した経営を志向し、「流通のソニーになる」目標を掲げた。