カネカ カネカソーラーテック設立 専業子会社の設立と、薄膜シリコンへの100億円超の投資

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時期 1998年10月
当時の社長 武田正利
論点 新規事業への投資と撤退規律
何をなぜ決めたか
概要

1998年10月、鐘淵化学工業(現・カネカ)が全額出資子会社カネカソーラーテック株式会社を設立し、1999年10月に電力用太陽電池の製造を開始した経営判断。住宅用太陽電池への進出に100億円以上を投じ、薄膜シリコン太陽電池事業に参入した。

背景

同社は500億円前後のニッチ市場で過半数のシェアを確保し、3位に落ちたら即座に撤退するという規律を掲げていた。この規律のもとで収益構造の脱・石油化学が進み、医薬中間体と食品が収益源に育っていた。人員整理を選ばない方針も同時に示されていた。

内容

製造は兵庫県豊岡市のカネカソーラーテックが担い、販売は本体が受け持つ体制を構築した。武田正利社長は事業は立ち上げ後五年が勝負であるとして、3年後の黒字化を掲げた。選んだ方式は、世界の生産量の大半を占める結晶シリコンではなく薄膜シリコンであった。

含意

500億円規模のニッチで過半を取るという条件に、太陽電池は当てはまらない。掲げた3年後の黒字化は届かず、賭けた薄膜シリコンも主力技術としては残らなかった。残ったのは、そこで積んだ量産技術と、建材・部材の側へ売り先を絞る売り方であった。

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筆者の見解
筆者の見解

順位ではなく、時間で引いた線

100億円以上という金額よりも、武田正利社長が同じ取材で並べた二つの数字に、この判断の性格が表れている。500億円前後のニッチで過半を取り、3位なら即撤退する。その基準を語りながら、過半のシェアを見込める根拠のない太陽電池へ100億円超を投じ、三年後の黒字化を掲げた。基準を曲げたのではない。順位で測れない領域には、時間で線を引いた。人員の整理を選ばないと決めた会社に、収益構造を変える道は多くなかった。

その線引きでも、判断は外れている。三年後の黒字化は届かず、2005年3月期まで赤字幅の縮小が語られ続けた。賭けた薄膜シリコンも主力としては残らず、いまカネカが世界記録を持つのはヘテロ接合結晶シリコンである。それでも事業が続いたのは、装置から自前で作った量産技術が次の方式へ渡り、瓦と壁と車のルーフという建材・部材に売り先を見つけたからである。太陽電池という市場で順位を争う事業にはならず、用途を絞って残る事業になった。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

業績の推移
同じ問いに直面した会社
参考文献
出典・参考
  • カネカ 有価証券報告書【沿革】
  • カネカ 有価証券報告書(2006年3月期)【関係会社の状況】
  • カネカ 2004年3月期 決算説明資料
  • カネカ 2005年3月期 決算説明資料
  • カネカ 2006年3月期 決算説明資料
  • カネカ 2007年3月期 決算説明資料
  • カネカ 2023年3月期 決算説明資料
  • カネカ 2026年3月期 決算説明資料
  • カネカ 統合報告書(カネカレポート2020)
  • カネカ 統合報告書(カネカレポート2022)

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