山之内製薬との合併(2004年・アステラス製薬の決断)

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論点 単独存続か対等合併か
アステラス製薬:業績の推移
売上高(億円)経常利益率(%)
二社の対等合併に踏み切って生まれた新会社アステラス製薬の発足

何をなぜ決めたか:二社の対等合併に踏み切って生まれた新会社アステラス製薬の発足

概要

2005年4月、山之内製薬と藤沢薬品工業が合併し、新社名アステラス製薬として発足した案件。武田薬品に次ぐ国内第2位の製薬企業が誕生した。

背景

医療費抑制と研究開発投資の巨額化、欧米メガファーマの攻勢のなかで、単独での新薬創製とグローバル展開に限界を意識した両社が、補完関係を理由に合併へ動いた。

内容

法人格は山之内を存続会社とする吸収合併で、合併比率は山之内1に対し藤沢0.71。一方で旧2社の名を捨てた新社名と均等な経営体制により、対等合併の体裁をとった。

含意

比率では山之内が優位ながら、社名一新と経営陣の均衡配置で"対等"を演出した点が特徴である。国内大手同士の本格再編の先駆けとなり、合併の優等生と評された事例である。

いつ何が起きたか 7件
考察:「対等」という設計が支えた統合
考察

考察:「対等」という設計が支えた統合

この合併が円滑に進んだ背景には、強みと地域が重ならない補完関係という経済合理性に加え、"対等"を周到に設計したことがあっただろう。法人格としては山之内を存続会社とする吸収合併で、比率も山之内に有利でありながら、旧2社の名を捨てた新社名と、社長・会長を旧2社で分け合う経営体制によって、どちらの企業に飲み込まれたわけでもないという感覚を社内に醸成した。合併で生じやすい吸収される側の不満や主導権争いを、象徴の次元であらかじめ和らげた設計と読むこともできる。

一方で、対等の演出が万能だったわけではない。合併から20年を経て振り返れば、統合の成否と、当初描いたグローバルメガファーマへの飛躍という野心の達成度は別の問題であった。社名一新と経営体制の均衡は、合併直後の社内統合を円滑にする上で有効だったとみられるが、その後の成長は結局、新薬を生み出し続けられるかという創薬力に左右されている。対等という設計はディールを成立させ統合を滑らかにする技術として優れていた一方、企業の長期的な競争力は別の論理で決まることを、この事例は示しているとも読める。

参考文献

参考文献

参考
  • 山之内製薬・藤沢薬品工業 プレスリリース(2004年2月24日)「山之内製薬と藤沢薬品 2005年4月1日付けで合併することで基本合意」
  • 山之内製薬・藤沢薬品工業・アステラス製薬 プレスリリース(2005年2月21日)「組織及び人事について」
  • 公正取引委員会(平成16年度:事例7)「山之内製薬株式会社と藤沢薬品工業株式会社の合併について」

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