東武鉄道の決断社史:経営の意思決定を振り返る

更新:

決断

路線網は自ら敷いたのではなく、周辺の鉄道を合併して継ぎ足した。1912年の佐野鉄道から1944年の総武鉄道まで五社を取り込み、浅草を起点とする伊勢崎線・日光線と、池袋を起点とする東上線という接続しない二系統を抱える。戦後は新線をほとんど建設せず、投じる先を線路から沿線の土地へ移した。浅草雷門への延伸後の業平橋(現・とうきょうスカイツリー)には、約6万平方メートルの貨物駅跡地が残った。地上デジタル放送への移行で在京テレビ局が新しい電波塔の建設地を探すと、東武鉄道は2006年3月にこの用地を提供し、総額1,430億円を投じる。2012年5月に東京スカイツリータウンが開業し、投資回収期間は25年に設定された。合併で集めた路線の結節点が、鉄道以外で最大の投資を受ける場所になった。

免責事項およびポリシー