梶井健一

名古屋鉄道・元取締役社長

Kajii Kenichi(敬称略)

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社長就任 1981年
生年月日 —
学歴 東京帝国大学経済学部
出自 —
社長就任までの出自
出自

1940年3月に東京帝国大学経済学部を出て、同年4月に日本銀行へ入行した。1967年5月に考査局長を務め、1970年5月に名古屋鉄道へ移った。1969年版の要覧の役員欄に名は無く、1970年版で取締役副社長として載る。鉄道の現場や社内の職掌を踏んだ生え抜きではなく、金融の側から迎えられた役員だった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

名鉄では副社長のまま11年を過ごした。1970年6月に東京名鉄百貨店、同年8月に東京メルサの取締役、1971年2月にニッポンレンタカー中部の社長、1972年4月に名鉄岡崎ショッピングセンターの社長、1975年4月に新岐阜百貨店の社長と、鉄道本体ではなくグループの流通・関連事業を任され続けた。1975年5月には中部経済連合会の副会長に就任している。1980年版の役員欄でも竹田弘太郎氏に次ぐ位置にあり、翌1981年に社長へ進んだ。

在任中の主な施策
施策

1981年に社長へ就任し、1987年に谷口清太郎氏へ渡すまで6年務めた。就任の翌年、1982年12月に羽島線(江吉良・新羽島間)が営業を開始している。谷口氏は1980年版の要覧でともに副社長を務めた1946年入社の生え抜きで、日本銀行から来た経営者から社内育ちへ社長の座が戻った。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1981〜1987年
在任中の業績
就任前(FY80)888億円
退任時-
変化-
就任前(FY80)20.0%
退任時-
変化-
参考文献 3件

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