- FY00以降の社長は越村敏昭・野本弘文・髙橋和夫・堀江正博の4名、いずれも東急の生え抜き。外部出身の社長は確認できず、生え抜き登用が一貫した慣行として続いている。
- 越村敏昭はFY00〜FY09の約10年、野本弘文はFY10〜FY16の約7年、髙橋和夫はFY17〜FY21の約5年、堀江正博はFY22〜と、近年は5〜7年での交代サイクル。
- 昇格元は東急本体の事業執行ラインで、いずれも内部昇格であり本体出身者からCEOに昇格する系譜である。
1948〜1952年・5年/生え抜き
1953〜1986年・34年/創業家
1987〜1993年・7年/生え抜き
1994〜1999年・6年/生え抜き
2000〜2003年・4年/生え抜き
2004〜2009年・6年/生え抜き
2010〜2016年・7年/生え抜き
2017〜2021年・5年/生え抜き
堀江正博現任
2022年〜現在・5年/生え抜き
堀江正博
ほりえ まさひろ
生え抜き(1984年入社)。鉄道現業から多摩田園都市の開発現場、海外事業・海外ホテル子会社を経て、2001年に自ら設立に関わった資産運用会社へ出向し東急リアル・エステート投資法人の代表を務めた。リテール事業部長・ビル運営事業部長を経て2023年6月に社長へ
髙橋和夫
たかはし かずお
生え抜き(1980年入社)。東急バス常務を経て2011年に本体取締役・経営管理室長、経営企画室長として経営管理畑を歩み、2018年4月に社長へ。2019年の鉄道事業分社を主導した
野本弘文
のもと ひろふみ
生え抜き(1971年入社)。多摩田園都市の宅地造成、東急不動産出向、ニューメディア事業と本流の外を歩き、ケーブルテレビ子会社イッツ・コミュニケーションズの社長を経て2007年に本体取締役。2011年4月に社長へ
越村敏昭
こしむら としあき
生え抜き(1964年入社)。1995年6月取締役、1999年6月常務、2001年6月専務、2003年6月に代表取締役となり、2005年6月に社長へ
上條清文
かみじょう きよふみ
生え抜き(1958年入社)。入社直後の配属が秘書で、同郷の五島慶太のもとで秘書を務めた。経理19年・秘書室長7年の管理畑からイン事業(ホテル)事業部長へ移り、常務・専務・代表取締役副社長を経て2001年6月に社長へ。創業者を知る最後の世代の登板だった
清水仁
しみず しのぶ
生え抜き(1953年入社)。経理・経営管理畑を歩み、専務取締役経営管理室長から1995年4月に社長へ。バブル期の投資で傷んだ東急グループの再建とトップ人事の刷新を担った
横田二郎
よこた じろう
生え抜き(1945年入社)。工務畑を歩み工務担当役員(取締役・副社長)を務めた。1987年5月に入院した五島昇社長の指名を受け、同年6月に副社長、12月に社長へ。トップダウンから合議制への移行を担った
五島昇
ごとう のぼる
創業家(1945年入社)。創業者・五島慶太の長男。東京芝浦電気を経て1945年に東京急行電鉄へ移り、1952年5月取締役、1953年2月副社長。1954年5月、38歳で社長に就任し、以後33年にわたり東急グループを率いた
生え抜き。鉄道省から五島慶太を追って武蔵電気鉄道(東急の前身)へ移り、工務部門を担当。1941年12月取締役、1946年3月専務を経て、大東急解体の直後の1948年12月に社長へ