阪急阪神HDの歴代社長

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1946年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2026年

太田垣士郎1946退任

和田薫1950退任

小林米三1958退任

森薫1968退任

柴谷貞雄1977退任

小林公平1986退任

菅井基裕1992退任

大橋太朗1998退任

角和夫2003退任

1973年入社2000年取締役同 代表取締役社長

杉山健博2017退任

1982年入社2005年取締役

嶋田泰夫2023現任

1988年入社2019年取締役
創業社長の関係
創業

1907年10月に小林一三氏が箕面有馬電気軌道を設立したが、当初は社長を置かず、小林一三氏は専務取締役として実権を握った。社長に就いたのは20年後の1927年で、1934年には会長へ退いている。創業家出身の社長は三男の小林米三氏と孫の婿の小林公平氏の2人にとどまり、1993年6月で途切れた。

社長登用の傾向
登用

直近20年の社長3人はいずれも阪急電鉄へ新卒で入り、入社から30年から35年をかけて昇った生え抜きである。2006年に阪神電気鉄道を統合してから20年近くたつが、阪神出身者が持株会社の社長に就いた例はない。阪神プロパーの久須勇介氏は代表取締役副社長と阪神電鉄社長を兼ねる位置にいる。

社長任期の傾向
任期

角和夫氏は2003年6月から14年社長を務め、2017年6月に会長グループCEOへ移ってからも指揮を執り、トップの座は通算21年に及んだ。2005年の持株会社移行と阪神統合を主導した実績が長期政権を支えたと思われる。続く杉山健博氏は5年9か月、2023年3月就任の嶋田泰夫氏は4年目に入った。

いまの体制への含意
含意

社長がグループCEOを兼ねたのは2024年12月20日、角和夫氏が健康上の理由で会長を辞した日である。それまで7年半、社長は最高経営責任者ではなかった。取締役会の議長は社長が務め、後継を論じる指名・報酬委員会にも、会長が空席のいまは社長本人が座っていると思われる。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
太田垣士郎(1946年就任)1946〜1950年1946年就任4年退任生え抜き代表取締役社長
和田薫(1950年就任)1950〜1958年1950年就任8年退任生え抜き代表取締役社長
小林米三(1958年就任)1958〜1968年1958年就任10年退任創業家代表取締役社長
森薫(1968年就任)1968〜1977年1968年就任9年退任生え抜き代表取締役社長
柴谷貞雄(1977年就任)1977〜1986年1977年就任9年退任生え抜き代表取締役社長
小林公平(1986年就任)1986〜1992年1986年就任6年退任創業家代表取締役社長決断1988年球団をオリエント・リースへ譲渡
菅井基裕(1992年就任)1992〜1998年1992年就任6年退任生え抜き代表取締役社長
大橋太朗(1998年就任)1998〜2003年1998年就任5年退任生え抜き代表取締役社長
角和夫(2003年就任)2003〜2017年2003年就任14年退任生え抜き同 代表取締役社長決断2005年阪急ホールディングスへ移行2006年阪神電気鉄道を完全子会社化
杉山健博(2017年就任)2017〜2023年2017年就任6年退任生え抜き阪急阪神代表取締役社長
嶋田泰夫(2023年就任)2023年〜現任2023年就任4年現任生え抜き同 代表取締役社長1988年4月に阪急電鉄へ入社し、2019年4月に取締役、2021年4月に常務取締役へ進んだ。2022年4月に同社の代表取締役社長、同年6月に阪急阪神ホールディングスの代表取締役副社長となり、2023年3月に持株会社の代表取締役社長に就任した。入社から社長就任まで35年をかけた生え抜きである。

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