小林米三

阪急阪神ホールディングス・元代表取締役社長

Kobayashi Yonezo(敬称略)

更新:
社長就任 1958年
生年月日 —
学歴 京都帝国大学経済学部
出自 —
社長就任までの出自
出自

創業者小林一三氏の三男である。京都帝国大学経済学部を出て阪急に入り、取締役、専務取締役を経て1958年に社長へ就任した。鉄道の技術も百貨店の商売も自身の専門としては持たず、創業家の一員という立場が経歴の中心にある。阪急の歴代社長のうち創業家から出たのは、米三氏と1986年に社長となる小林公平氏の2人だけである。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1950年から社長を務めた和田薫氏の後を継いだ。就任した1958年、阪急百貨店の社長は1947年2月から清水雅氏が務めており、清水氏は1957年10月に東宝の社長も兼ねている。創業者が育てた百貨店と映画は生え抜きの経営者が預かり、鉄道本体の社長の席に創業家が座る形になった。清水氏は1968年2月から阪急の取締役会長へ進んでいる。

在任中の主な施策
施策

在任中は路線と事業の両方が広がった。1958年11月に関西テレビ放送がテレビ放送を始め、1959年2月には大阪梅田〜十三間の複線増設によって三複線が開通した。1960年10月には阪急交通社が航空代理店部門の営業を譲り受けて旅行事業を担い、1963年6月に京都線が大宮から京都河原町へ延びた。1968年4月には神戸高速鉄道が開通し、山陽電鉄との相互直通運転が始まっている。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1958〜1968年
在任中の業績
就任前(FY57)54億円
退任時-
変化-
就任前(FY57)9.3%
退任時-
変化-

免責事項およびポリシー