決断
創業者が興した娯楽のうち、収支の合うものだけを現在まで残している。1937年5月に西宮球場を開設し、プロ野球が2リーグ制へ移った1950年には15球団のうち7球団を鉄道会社が保有していた。娯楽の多様化で観客動員が伸び悩むと、1988年10月に阪急ブレーブスをオリエント・リースへ譲渡してプロ野球経営から撤退した。2002年12月に阪急西宮スタジアム、2003年4月に宝塚ファミリーランドの営業を終えた一方、1914年に始めた宝塚歌劇は残し、2001年に東京宝塚劇場を建て替えている。2005年4月には全事業を新設の阪急電鉄へ移管して純粋持株会社となり、資源配分を決める機能と現場の執行を分けた。この分離が、翌2006年に同業をそのまま子会社として迎え入れることを可能にした。
2006年5月 阪神電気鉄道を完全子会社化
阪神電気鉄道を完全子会社化村上ファンドの買い占めで揺れた阪神電気鉄道のホワイトナイトとして、TOBと株式交換で完全子会社化し、輸送人員の減少が続く関西私鉄の再編に着手した経営統合同じ経営論点に直面した企業 | 経営統合・合併のれんと無形固定資産2006 2007 2012 のれん(百万円) − 60,099 38,437 のれん以外の無形固定資産(百万円) 13,193 16,776 17,157 1988年10月 球団をオリエント・リースへ譲渡