森薫
阪急阪神ホールディングス・元代表取締役社長
社長就任 1968年
生年月日 —
学歴 京都帝国大学工学部電気工学科
出自 —
社長就任までの出自
出自
1928年3月に京都帝国大学工学部を出て、同年4月に入社した。1946年10月に取締役、1949年11月に常務取締役、1951年2月に専務取締役と進み、1959年11月に取締役副社長へ就任している。歴代の社長で工学部を出たのは森氏が最初で、電気工学科の出身である。入社から社長就任までは41年、うち9年余りを副社長として過ごした。
社長に選ばれた経緯
抜擢
前任は創業者の三男である小林米三氏で、森氏が取締役社長に就任したのは1969年2月である。阪急の役員異動は5月と11月に集まっており、2月の社長交代は定例の改選期から外れている。1968年2月から取締役会長を務める清水雅氏がグループの中心に残るなか、副社長を9年続けた森氏が繰り上がった。任期の途中で空いた席を埋める人事だったとみられる。
在任中の主な施策
施策
就任の年から梅田の整備と相互直通が続いた。1969年11月に阪急三番街が開業し、翌12月には大阪市営地下鉄堺筋線との相互直通運転が始まった。1970年2月には北大阪急行電鉄が鉄道事業の営業を開始し、1966年2月に起工した大阪梅田駅の移転拡張工事が1973年11月に竣工した。同じ1973年の4月、会社は商号を阪急電鉄へ改めている。森氏は1970年8月から関西テレビ放送の社長も兼ねた。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1968〜1977年
在任中の業績
就任前(FY67)204億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-