柴谷貞雄

阪急阪神ホールディングス・元代表取締役社長

Shibatani Sadao(敬称略)

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社長就任 1977年
生年月日 —
学歴 東京帝国大学法学部
出自 —
社長就任までの出自
出自

1932年3月に東京帝国大学法学部を出て、同年4月に入社した。取締役に就任したのは1961年5月で、入社から29年が経っている。1964年11月に常務取締役、1969年5月に専務取締役、1974年5月に取締役副社長へ進んだ。1973年11月からは神戸電気鉄道の取締役、1975年5月からは同社の監査役を兼ね、傘下の鉄道も預かった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

森薫氏が取締役会長へ移った1978年6月に社長へ就任した。同じ月の人事で、1968年2月から会長だった清水雅氏が取締役相談役へ退き、1928年生まれの小林公平氏が専務取締役へ上がっている。1909年生まれの柴谷氏とは19年の開きがある。副社長を4年務めた年長の生え抜きが、次の世代へ渡すまでを預かる人事だったとみられる。

在任中の主な施策
施策

有価証券報告書の沿革で在任中に記されるのは、ホテルの開業である。1981年7月に京都新阪急ホテル、1985年7月に新阪急ホテルアネックスが開いた。前任までの時期に続いた新線の開業や大阪梅田駅の拡張のような工事は、この8年の沿革に載らない。路線網を拡大する段階が終わり、梅田と沿線に持つ資産をどう使うかへ投資の先が移ったとみられる。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1977〜1986年
在任中の業績
就任前(FY76)691億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 1件

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