南海電気鉄道の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

並行する路線を競争相手のまま残さず、合併で自社の線に取り込んできた会社である。1898年10月、南海鉄道は年3割2分7厘の配当を出していた阪堺鉄道の事業を100万円で譲り受け、難波〜堺の既設線を大阪側の起点とした。1905年6月には臨時株主総会で電気と蒸気の併用と70万円の増資を決め、1911年11月に全線の電化を終えた。1909年12月に浪速電車軌道を合併して上町線を継承し、1915年6月には並行線で客を奪い合った阪堺電気軌道を対等の条件で合併して、相手の社長の片岡直輝氏を社長に迎えた。路線と経営者をともに取り込む合併が、大阪南部の鉄道網を南海鉄道1社に集約した。

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