近鉄グループHDの決断社史:経営の意思決定を振り返る

更新:

決断

路線は減らさず、そこへ乗せる客の種類を入れ替えてきた会社である。1959年9月の伊勢湾台風で名古屋線が水没すると、佐伯勇社長は復旧に合わせて名古屋線の軌間を拡幅し、大阪・名古屋間の直通運転を可能にした。ところが1964年10月の東海道新幹線開業で、名阪間のシェアは70%から40%へ下がった。近鉄は1965年に三重電気鉄道を合併し、難波線と賢島への延長で伊勢志摩へ観光客を直通させる路線に組み替えた。同じ観光需要を見込んで1994年に志摩スペイン村を開業したが、来場者の減少で建物を全額評価減し、乗せる客を替える手は鉄道の内側で尽きた。

免責事項およびポリシー