京阪HDの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

大阪から京都・大津へ線を延ばす一方で、沿線から遠い事業は切り離してきた会社である。1915年10月に五条から三条へ線を延ばして京都の中心部へ乗り入れ、1925年2月には京津電気軌道を合併して浜大津までの路線を1社にそろえた。ただし、1922年7月に合併した和歌山水力電気の事業は、1930年5月に合同電気へ譲渡している。1929年4月に合併した琵琶湖鉄道汽船からも、同じ月のうちに汽船部を湖南汽船へ切り出した。1942年3月には電気供給事業の設備を関西配電への出資に充て、1911年から続けた電力の兼営を終えた。翌1943年10月、当局の勧奨に従って阪神急行電鉄と合併し、京阪神急行電鉄となる。

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