子会社・旭化成建材の杭打ちデータ偽装と全国自主調査による開示

一現場の不正か、構造の問題か——旭化成は隠すのではなく全件調査と公表を選んだ

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時期 2015年10月
意思決定者 浅野敏雄・平居正仁(副社長) 社長
論点 子会社の杭打ちデータ偽装と全国調査・信頼回復
概要
2014年11月、横浜市のマンション「パークシティLaLa横浜」で住民が建物の傾きに気づいたことを発端に、子会社・旭化成建材による杭打ち工事データの改ざんが発覚した。旭化成グループは過去10年に手掛けた3000件超の杭工事を自ら全件調査し、結果を公表する道を選んだ。
背景
旭化成建材は元請けの三井住友建設からほぼ杭工事を丸投げされる下請け構造のなかで施工を担い、その3次下請けから出向した現場代理人が電流計データの流用・改ざんを続けていた。同種の問題は横浜だけでなく北海道でも独自に発覚し、一現場の逸脱では説明できない広がりを見せた。
内容
旭化成グループは2015年10月から11月にかけて、過去10年に杭の施工を手掛けた約3000件の建造物を都道府県別・用途別に公表し、最終的に360件でデータの流用・改ざんを確認した。浅野敏雄社長は謝罪と引責辞任を表明し、2016年4月に経営戦略担当であった小堀秀毅氏へ社長交代を実施した。
含意
隠蔽ではなく開示という選択は、短期的には批判の集中を招いたが、業界に自浄作用が乏しいなかで旭化成グループの対応を際立たせた。パークシティLaLa横浜は2017年に解体、2021年2月に建て替えが完了して住民が再入居し、小堀新体制は「信頼回復」を経営方針の中心に据えて再出発した。
筆者の見解

開示という選択がもたらしたもの

この決断の核心は、住民が気づいた小さな傾きを一現場の逸脱として処理せず、旭化成グループが自ら3000件超という規模で調査の網を広げ、途中経過も含めて数字を公表し続けた点にあったとみることができる。改ざん件数が266件から360件へと調査のたびに膨らんでいった過程は、外部からは「後出し」に映りかねないものであったが、隠して後に露見するよりも、都度公表して批判を受け止める方を選んだ結果でもあった。北海道での別事案の発覚が示すように、問題は一人の現場代理人の資質にとどまらず、重層下請けと大臣認定工法という業界の構造に根差していた。

経営責任の取り方も、この判断の輪郭をよく表している。浅野敏雄社長は数カ月にわたる調査の陣頭に立った後、次期中期経営計画の始動にあわせて自ら退き、小堀秀毅社長が「信頼回復」を経営方針の看板に掲げて引き継いだ。パークシティLaLa横浜の再入居まで6年余りを要し、施工者間の責任分担をめぐる訴訟はなお続いたが、全件調査と公表という初期の選択が、旭化成グループに対する評価の分かれ目になったとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

傾いたマンションと重層下請けの構造

発端は2014年11月、横浜市都筑区のマンション「パークシティLaLa横浜」(全705戸)で住民が手すりの2センチメートルのずれに気づいたことであった。販売元は三井不動産レジデンシャル、元請けは三井住友建設で、杭工事は1次下請けの日立ハイテクノロジーズ、2次下請けの旭化成建材という重層構造の下に置かれていた。実際の杭打ち作業を担ったのは3次下請けで、問題の現場代理人はその3次下請けから旭化成建材へ出向していた人物であった[1]

建物の基礎となる杭473本のうち重複を除く70本で、深度やセメント量に関するデータの改ざん・流用が見つかり、うち8本は固い地盤である支持層に届いていなかった。この重層下請けの現場では、元請けが杭メーカーである旭化成建材へ品質管理を任せきりにしがちな構造があり、日本建設業連合会は2013年の時点で同様の懸念をすでに指摘していた[2][3]

北海道への飛び火と業界の反応

横浜の問題発覚から間もない2015年10月28日、北海道庁は釧路市の道営住宅でも旭化成建材による施工データの流用があったと発表した。横浜の現場代理人とは別の人物が担当した物件であったことから、特定の個人の逸脱ではなく組織的な管理体制の問題であることが露呈し、全国でデータ偽装の連鎖が起きる懸念が一気に高まった[4]

業界の対応は鈍く、コンクリートパイル建設技術協会の会長を務めるジャパンパイル社長は、業界内の自主調査について「各社の利害が絡むので、会長として指示はできない」と述べるにとどまった。国土交通省の対策委員会委員は、旭化成建材が全件調査に全力を注いだ結果として営業がほぼ停止した状態を挙げ、同じ対応を全業者に求めれば建設業が立ち行かなくなると懸念していた[5]

決断

3000件超の自主調査と数字の公表

旭化成グループは2015年10月22日、過去10年間に旭化成建材が杭の施工を手掛けた3040件の建造物について、都道府県別・用途別の内訳をまず公表した。対象にはマンションのほか学校、病院、工場も含まれていた。国土交通省が調査期限を11月13日と指定するなかで、旭化成側は数字を段階的に開示しながら調査を進めるという、経過を隠さない対応を選んだ[6]

調査が進むにつれ改ざんの件数は膨らみ、11月13日の会見では3040件中266件、11月24日時点では対象3052件のうち360件でデータの流用・改ざんが確認されたと公表された。当初「一人の現場代理人による不正」との認識を示していた旭化成建材の幹部の見立ては、調査の進展とともに覆されていった[7][8]

謝罪会見と経営責任の明確化

旭化成の平居正仁副社長は謝罪会見や調査報告会見のたびに「とにかく真相を究明したい」と繰り返し語り、原因究明と情報公開を優先する構えを前面に出した。2015年10月21日には浅野敏雄社長と旭化成建材の前田富弘社長がそろって初の記者会見に臨み、涙ながらに謝罪した[9][10]

2016年2月9日、浅野敏雄社長は4月1日付での退任と、経営戦略・経理財務を担当していた小堀秀毅専務執行役員への社長交代を発表した。浅野社長は指名諮問委員会に自らの考えを伝えたうえで、「経営トップとしてけじめをつけるのが適当と判断した」と述べ、次期中期経営計画が始まる4月を機に経営体制を一新する道を選んだ[11]

結果

全棟建て替えという最も重い補償

販売元の三井不動産レジデンシャルは、傾いた1棟を含む全4棟を自社負担で建て替えるという、それまでの欠陥住宅訴訟やマンション建て替えの慣行を大きく上回る補償案を示した。4棟は渡り廊下でつながって建築基準法上は一体の建物とみなされるため、傾いた1棟だけを直すことができず、全棟の建て替えが避けられない事情もあった。2017年5月に解体が始まり、2018年6月から新築工事が進められた[12][13]

2021年2月25日、建て替えられたパークシティLaLa横浜で住民の再入居が始まった。発覚から6年余りを経て、建物は概ね建て替え前と同じ設計で再現された一方、建て替え費用・仮住まい費用などをめぐる施工者間の損害賠償訴訟はその後も続いた[14]

「信頼回復」を掲げた新体制

2016年4月に就任した小堀秀毅社長は、就任後のインタビューで「信頼回復に近道はない。社員一人ひとりが高い意識を持ち、現場の約束事を順守し、お客様に誠実に対応する。その積み重ねこそが信頼回復につながる」と語り、信頼回復と持続的成長という「二つの使命」を経営方針の中心に据えた。データに問題があった物件は元請け建設会社の協力を得て安全確認を行い、横浜以外はすべて安全性に問題がないことを確認したとした[15][16]

出典・参考