長谷川周重
住友化学・元取締役社長
(敬称略) 生年月日 —
学歴 東京帝国大学法学部
出自 —
- 出自
- 1931年に東京帝国大学法学部を卒業して住友合資会社へ入り、1934年に住友化学工業へ移った。社長に就くまでの社歴は31年におよぶ。1951年2月に取締役、1956年8月に常務取締役、1963年2月に副社長へ進んでいる。前任の土井正治氏と同じ法科出身で、住友の本社機構から事業会社へ移った経路も重なる。1907年に石川県で生まれた。
- 抜擢
- 1965年2月、土井正治氏が1963年2月に会長へ退いた後の社長に就いた。副社長に上がった1963年2月から2年を置いての昇格である。就任の直前、関東進出をかけた静岡・静浦のコンビナート計画が地元の反対と通産省の期限に挟まれ、1964年12月に断念に追い込まれていた。石油化学の第2拠点をどこに置くかが未決のまま渡された社長職だった。
- 施策
- 断念した静浦の代わりに住友金属工業から姉崎の用地を譲り受け、1965年11月1日、資本金10億円の住友千葉化学工業を設立した。1970年1月には千葉でエチレン年産30万トンと誘導品のコンビナートが完成し、西日本に偏っていた事業地が全国へ広がる。1969年には低毒性有機リン剤スミチオンの大型設備を大分工場に建て、農薬を石油化学と並ぶ柱に据えた。売上高は1964年12月期の736億円から1976年12月期の5,561億円へ7.6倍になった。一方で当期純利益は26億円から35億円にとどまり、1973年11月のナフサ5割値上げに始まる石油危機が最後の4年を覆った。
- 評価
- 執筆予定
就任前(FY63)736億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料
- 日本企業要覧 1975年版 生年・出身地・学歴・経歴
- 日本企業要覧 1981年版 経歴
- 『住友化学工業株式会社史』(住友化学工業, 1981年) 経歴