田辺三菱製薬の完全子会社化(4918億円TOB)と親子上場の解消

不振の上場子会社を巨額買収で取り込むか——越智仁社長はなぜ発表前株価の5割増しで買い付けたか

更新:

時期 2019年11月
意思決定者 越智仁 三菱ケミカルホールディングス 社長
論点 医薬事業の集約と親子上場の解消
概要
2019年11月18日、三菱ケミカルホールディングス(HD)が、出資比率56%の上場子会社・田辺三菱製薬をTOB(株式公開買い付け)で完全子会社化し、上場廃止にすると発表した経営判断。買付価格は発表前株価の5割増しにあたる1株2010円、取得総額は約4918億円で、翌2020年1月に成立して田辺三菱は上場廃止となった。越智仁社長の主導により、医薬・ヘルスケアをグループの戦略重点へ引き上げるねらいがあった。
背景
三菱ケミカルHDは2005年の持株会社化と2007年の田辺三菱誕生を経て、変動の激しい石油化学を医薬で補う二本柱の構図を築いていた。だが田辺三菱は主力の関節リウマチ薬レミケードが特許切れで販売を落とし、多発性硬化症薬ジレニアのロイヤルティー収入も海外での係争で計上が止まり、収益が急速に細っていた。
内容
現在56%の出資比率を、残る全株のTOBで100%へ引き上げる。買付価格は発表前株価に5割上乗せした1株2010円、買付期間は2019年11月19日から2020年1月7日まで、取得総額は約4918億円を見込んだ。完全子会社化により意思決定と資金支援を機動化し、再生細胞医療などでグループ内のシナジーを引き出す構想であった。
含意
巨費を投じた完全子会社化は、化学と医薬の二本柱を掲げてきたグループの戦略を象徴する一手であった。だが医薬の収益環境は好転せず、2025年には田辺三菱を米ベインキャピタルへ約5100億円で売却する決断に転じた。取り込みから5年での売却は、化学系企業が医薬を抱え続けることの難しさを映しているとみることができる。
筆者の見解

二本柱という構想の行方

この判断の核心にあったのは、変動の大きい石化を医薬で補うという、持株会社発足以来の構図をどこまで守るかという問いであった。収益が細る子会社を、親会社が発表前株価の5割増しで買い取り、上場を廃止してまで内に固める——親子上場の解消それ自体は、意思決定と資金支援を機動化する筋の通った選択であったとみることができる。ただ、取り込む対象が構造的に費用のかさむ医薬であった以上、完全子会社化は収益悪化の入口を身内に抱え込むことでもあった。危機感に押された買収という色は、当時から拭えていなかったとみられる。

その後の展開は、化学系の企業が医薬という異質な事業を抱え続けることの難しさを示している。巨費を投じて取り込んだ柱は、5年のうちに約5100億円でファンドへ委ねられ、二本柱で収益を平準化するという構想は背景に退いた。ひとつの決断が、同じ経営陣の手で逆向きの決断に書き換えられていく——取り込みと売却を分けたのは、シナジーという言葉が実際の利益にどこまで届いたかであったのだろう。二本柱を掲げた総合化学グループが、何を自前で持ち、何を手放すのかという問いは、なお続いているとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

化学と医薬の二本柱を組む

三菱ケミカルHDは、2005年10月に三菱化学と三菱ウェルファーマの共同持株会社として発足した。持株会社体制へ移った意図の一つは、M&Aをはじめとする意思決定を機動的にすることにあった。当時のグループが抱えた最大の課題は、原料と製品の価格変動で採算が激しく振れる石油化学事業の利益体質にあり、その振れを収益率の高い医薬品で補う仕組みが求められていた。石化と医薬という二本柱の構図は、この時期に描かれたものであった[1]

二本柱を支える医薬の実体は、2007年10月に田辺製薬と三菱ウェルファーマが合併して生まれた田辺三菱製薬であった。売上高5000億円・研究開発費1000億円という規模は、世界市場で生き残る最低線とされ、合併はその線をうかがう布石であった。田辺三菱は三菱ケミカルグループのヘルスケア部門の柱となり、以後グループは56%を出資する親会社として、上場子会社を傘下に置く親子上場の形を続けた[2]

細る田辺三菱の収益

二本柱の一方を担う田辺三菱の収益は、この頃になって急速に細っていた。売上高が最も大きい関節リウマチ薬レミケードはすでに特許が切れ、後発薬に押されて販売が年々減っていた。ほかの製品群も特許切れが多く、日本では医療費を圧縮するために安価な後発薬が推奨され、先発薬の薬価は下げられていた。新薬の研究開発費も膨らみ、前期には865億円に達しており、営業利益を圧迫していた[3]

追い打ちをかけたのが、自社開発品である多発性硬化症薬ジレニアをめぐる係争であった。田辺三菱は海外での販売権をスイスのノバルティスに与え、そのロイヤルティー収入は前年度に497億円へ上っていた。ところが2019年2月、ノバルティス側がロイヤルティー契約の一部無効を主張して国際機関に仲裁を申し立て、収入の計上が止まった。田辺三菱の同年度の営業利益は前年度比77%減の115億円へ落ち込む見込みとなり、経営陣は危機感を募らせた[4]

決断

5割増しの巨額TOB

2019年11月18日、三菱ケミカルHDは田辺三菱製薬をTOBで完全子会社化し、上場廃止にすると発表した。当時56%であった出資比率を、残る全株の買い付けで100%へ引き上げる。買付価格は発表前株価に5割を上乗せした1株2010円で、取得総額は約4918億円に上る大型のTOBであった。買付期間は2019年11月19日から翌2020年1月7日までとされ、成立すれば田辺三菱は上場を廃止する運びとなった[5]

買付価格1株2010円と買付期間は、発表当日に市場へ開示された。買い付けは2019年11月19日に始まり、資金の裏付けと出資比率の高さから成立は固いとみられたが、上乗せ幅の大きさは市場でも意識された。発表翌営業日には、TOB価格が割高との見方から三菱ケミカルHDの株価が一時5%安まで売られる場面もあった。親会社が子会社の少数株主から高い値で株を買い取る構図が、資本の使い方として問われた場面であった[6]

越智社長が描いたシナジー

完全子会社化の理由を、越智仁社長は11月18日の記者会見でグループの成長という言葉で語った。デジタルや生化学など技術の進化が激しく、医薬やヘルスケアのビジネスはこれから変わる、その変化を前にグループの力を結集して将来の成長につなげたい、という説明であった。念頭にあったのは、従来の医薬品では難しかった治療や機能回復の手段として注目される再生細胞医療で、この分野で田辺三菱との連携を見込んでいた[7]

シナジーの具体像として挙げられたのが、グループ傘下の生命科学インスティテュートが進める再生医療の臨床試験であった。田辺三菱を完全に取り込めば、資金面での支援がしやすくなり、再生細胞医療などでグループ内の連携を引き出せるという算段であった。石化汎用品の構造改革を終えたグループにとって、医薬を含むヘルスケアは付加価値の高い機能素材・材料と並ぶ戦略重点であり、その柱を身内に固める判断でもあった[8]

結果

取り込んでも好転しない収益

TOBは2020年1月に成立し、田辺三菱製薬は上場を廃止して三菱ケミカルHDの完全子会社となった。親子上場は解消され、医薬の柱はグループの内に固められた。だが取り込んだ後も、田辺三菱を取り巻く環境は好転しなかった。主力薬の特許切れと薬価引き下げは続き、新薬候補を育てるための研究開発費は重い負担のまま残った。グループ全体でも、2021年3月期は新型コロナウイルスの影響などで連結の当期損益が赤字に転じ、医薬を抱える余力はむしろ細っていった[9]

医薬事業は、新薬候補の拡充に費用がかさむ構造が変わらなかった。三菱ケミカルグループは化学関連事業の収益回復に経営資源を集める方針を強め、医薬をグループの内に抱え続ける意味を問い直した。完全子会社化の際に掲げた再生細胞医療などのシナジーは、期待された規模の果実には結びつかず、巨費を投じて取り込んだ柱は、数年のうちに戦略の見直しの対象へと変わっていった[10]

5年での売却へ

2025年2月7日、三菱ケミカルグループは田辺三菱製薬を米投資ファンドのベインキャピタルへ売却すると発表した。売却額は約5100億円で、2025年7〜9月期に完了して約950億円の譲渡益を計上する見通しであった。吸収分割の形で田辺三菱を分社し、ベイン傘下の特別目的会社へ全株式と関連する資産を引き継がせる手続きがとられ、この議案は同年6月25日の株主総会で可決された。約4918億円で取り込んだ医薬の柱を、5年余りで手放す決断であった[11]

完全子会社化から売却へ至る過程を、日経ビジネスは「背水の陣」という見出しで報じた。石化と医薬の二本柱で収益の振れを抑えるという長年の構図は、医薬を抱え続けるコストの重さの前で維持できなくなっていた。親子上場を解消するために投じた巨費は、結果として撤退に先立つ支出となり、化学に経営資源を集める道筋のなかで田辺三菱はグループの外へ出された。取り込みと売却という相反する二つの決断が、わずか5年の間に同じ経営陣の判断として並んだ[12]

出典・参考