決断
工場を閉じずに、同じ場所で別の製品を立ち上げてきた。合成繊維の出遅れはまず合併で埋めようとし、1966年4月に呉羽紡績を吸収合併してナイロンへ参入した。1968年3月には、採算ラインの日産300トンに対し実績が45トンまで低下した犬山工場を閉鎖せず、パルプからフィルムへの全面転換を決めた。1971年12月に二軸延伸ポリエステルフィルム、1976年7月に二軸延伸ナイロンフィルムがこの工場から出ている。1982年には創業100年を機に非繊維事業への多角化を掲げた。国内の紡織工場は1984年の浜松・鈴鹿を皮切りに5年おきに閉じたが、犬山だけは中身を入れ替えて残り、2013年の偏光子保護フィルムまで延伸技術を継いだ。
2021年4月 UL規格不正の隠蔽
連結売上高と経常利益率2020 2021 2026 売上高(億円) 3,396 3,374 4,216 経常利益率(%) 5.3 6.1 5.4 1982年6月 非繊維分野への多角化
非繊維分野への多角化合繊出遅れと繊維不況で本業採算が悪化するなか、宇野収社長が創業100年を機にプラスチック・生化学・分離膜・エレクトロニクスへの資源シフトを数値目標つきで打ち出した経営判断同じ経営論点に直面した企業 | 新規事業・多角化業績の推移1981 1982 1984 売上高(億円) 2,639 3,168 3,489 経常利益率(%) 0.9 1.3 1.9 1968年3月 犬山工場のフィルム転換
業績の推移1967 1968 1973 売上高(億円) 1,422 1,557 2,271 純利益率(%) 0.1 1.8 1.4 1966年 呉羽紡績を吸収合併
業績の推移1965 1966 1971 売上高(億円) 852 848 2,027 純利益率(%) 1.7 0.3 1.9