重要な意思決定
アクリル繊維に参入
背景
合成繊維への参入を迫られた紡績各社の技術選択
1950年代、ナイロンやポリエステルなど石油由来の合成繊維が実用化され、天然繊維や化学繊維を主力としていた紡績メーカーは新たな技術への対応を迫られた。合成繊維は天然繊維に対して耐久性や均質性に優れ、衣料素材としての需要拡大が見込まれていたため、各社は海外メーカーからの技術導入による参入を模索した。どの合成繊維を選択するかは、提携先の選定と設備投資の規模を決定づける重要な経営判断であった。
東洋紡は合成繊維の中でもアクリル繊維に着目し、1956年に米ACC社との間で技術援助契約を締結した。住友化学と共同で合弁会社「日本エクスラン工業」を設立し、アクリル繊維の国産化に踏み切った。1958年4月には岡山県に西大寺工場を新設し、アクリル繊維の量産体制を整備した。
決断
ポリエステル繊維の技術導入を見送った判断とその帰結
アクリル繊維への注力を決めた東洋紡に対して、1954年に英国ICI社からポリエステル繊維に関する技術提携の打診があった。だが東洋紡はこの提案を見送った。ポリエステル繊維は原料であるテレフタル酸の製造に大規模な設備投資が必要であり、当時は繊維製品としての市場性にも確証がなかった。アクリル繊維に経営資源を集中する方針のもと、ポリエステルへの並行投資は回避された。
この判断の結果、ポリエステル繊維の領域では、ICI社と提携して技術導入を行った帝人・東レが先行する形となった。ポリエステルはその後、衣料用途のみならず産業資材としても広く普及し、合成繊維の主流となった。東洋紡はアクリル繊維で一定の事業基盤を築いたものの、合成繊維において最大の市場となったポリエステルでは後発の立場に置かれることとなった。