重要な意思決定
20183月

防弾ベスト向け繊維の訴訟和解

背景

高付加価値繊維「ザイロン」の量産と防弾ベストへの採用

1998年、東洋紡はつるが工場において高強度繊維「ザイロン」の本格生産を開始した。ザイロンは高耐久・高耐熱の合成繊維であり、産業資材や防護用途に向けた高付加価値な製品として位置づけられた。低収益が続く衣料用繊維とは異なる収益構造を目指し、防弾ベスト向けの素材として米国市場への輸出も行われた。

ザイロンが採用された防弾ベストは米国の法執行機関で広く使用されていたが、2002年12月にカリフォルニア州で銃弾の貫通事故が発生した。防弾ベストの防護性能がザイロン繊維の経年劣化によって低下していた疑いが浮上し、製品の安全性を巡る問題が顕在化した。東洋紡にとっては、高付加価値繊維として展開したザイロンが、品質問題の当事者として訴訟リスクに転じた局面であった。

決断

米国司法省による提訴と10年超に及ぶ訴訟対応

貫通事故を受けて、米国司法省は2005年から2007年にかけて東洋紡に対する訴訟を提起した。原告側の主張は「東洋紡はザイロン繊維が一定の条件下で強度が早期に劣化することを認識していたにもかかわらず、その情報を開示しなかった」というものであった。品質そのものの欠陥に加えて、情報開示の不備が問われた点で、東洋紡にとっては製品責任と企業責任の両面での対応を迫られる訴訟となった。

訴訟は長期化し、提訴から和解まで10年以上を要した。その間、東洋紡は米国における訴訟対応に経営資源を割かれ続けた。日本の繊維メーカーが米国の司法制度のもとで連邦政府を相手に長期間の訴訟を戦うという事態は、東洋紡にとって前例のない負担であった。

結果

和解金70億円の支払いによる訴訟の終結

2018年3月、東洋紡は訴訟の長期化による経営への影響を考慮し、和解を選択した。東洋紡はザイロンの品質に関する原告の主張を否定した上で、和解金として約70億円を支払うことで訴訟を終結させた。この和解金は特別損失として計上された。

ザイロンを巡る訴訟は、高付加価値繊維の海外展開におけるリスクを示す事例となった。防弾ベストは人命に直結する製品であるため、品質劣化に関する情報開示の基準が通常の繊維製品とは異なる水準で求められた。東洋紡にとっては、繊維事業の高付加価値化を図る上で、製品用途に応じたリスク管理の重要性が明らかになった事案であった。