重要な意思決定
19683月

化成品事業部を発足

背景

合成繊維の普及で化学繊維事業の採算が急速に悪化

1960年代を通じて、ポリエステルやナイロンなど石油由来の合成繊維が繊維市場で急速に普及した。これにより、木材パルプを原料とする化学繊維(スフ・レーヨン)は競争力を喪失し、東洋紡においてもスフを生産する岩国工場やパルプを供給する犬山工場の稼働率が低迷した。特に犬山工場では採算ラインである日産300トンに対して実際の稼働は日産45〜80トンにとどまり、化学繊維の原料供給という本来の役割が失われつつあった。

化学繊維事業の不振は東洋紡に限った問題ではなく、スフ・レーヨンメーカー全体が直面した構造的な課題であった。合成繊維との競合において化学繊維がコストと品質の両面で劣後する状況は明らかであり、既存の生産設備を化学繊維以外の用途に転換することが経営上の課題として浮上していた。

決断

化成品事業部を新設し犬山工場をフィルム生産に転換

1968年3月、東洋紡は化学繊維に代わる新事業を組織的に推進するため「化成品事業部」を発足させた。パルプ生産に使われていた犬山工場を、フィルム製品の生産拠点に転換する方針が打ち出された。化学繊維の原料供給から樹脂加工という異なる製品領域への転換であり、既存設備と立地を活用しながら事業内容を入れ替える判断であった。

犬山工場では1971年3月に二軸延伸ポリエステルフィルム、1976年7月に二軸延伸ナイロンフィルムの生産を順次開始した。パルプ事業から撤退した工場を、非繊維事業であるフィルム生産の拠点として再活用する形がとられた。この化成品事業部の発足は、東洋紡がフィルム・樹脂事業を本格化させる起点となった。